★映画の宝石箱★美しき菫色の刻に愛を込めて☆ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

『第60回カンヌ国際映画祭』授賞式に感涙♪

canneカンヌ映画祭終わりました。泣いたり笑ったりで睡眠不足です。

小さな低予算でも有名な監督作品でなくてもどこの国の作品でも評価されるカンヌ映画祭。審査員長の意向がかなり大きく影響すると言われているので、毎回楽しみ。期間中に色々なハプニングも起こったりするし。シャロン・ストーンはまた株が下がったようでやっぱり高慢な気がしたかな?お祭りなのだから...って大人気ないと思った。松ちゃんこと松本人志監督がカメラドール候補に挙がっていたけれど、受賞は逃した。でも、ちょっと観れたし松ちゃんのコメントも面白かった、どこでもあの感じ。北野武監督は世界の監督35人のお一人に選ばれ、ちょんまげの被り物でレッドカーペットに登場したりして愉快だった。グランプリに河瀬直美監督の『殯の森』もとても好きなテーマなので観たいと思った。パルムドールはルーマニアの監督が受賞!半年前まで製作資金の工面をしていたそうだ。まだお若い監督でプレゼンターの大女優ジェーン・フォンダの横で初々しかった♪今回もフランス映画のパルムドールは無かったけれど、英国映画もノミネートになく...でも、ハンガリーやルーマニアなど、普段あまり観る機会のない国の作品や監督、スタッフ方が評価され注目を浴びるというがいい。なので、カンヌやヴェネチア、ベルリン映画祭が好きなのかも。

脚本賞のプレゼンターになんと!!シャーロット・ランプリングさまが登場され(真夜中に悲鳴を上げてしまった)、女優賞のプレゼンターに白髪の70歳を超えても素敵なアラン・ドロンが登場され(25年前に亡くなった素晴らしい女優ロミー・シュナイダーを讃え、みんなが拍手をしていた。私はもう感涙で一緒に拍手をした)、グランプリのプレゼンターはキャロル・ブーケだったし、最後のパルムドールはジェーン・フォンダ!もう60回の記念すべきお祭りに相応しい豪華な顔ぶれ、でも受賞者は大物たちが少なかった。記念賞にガス・ヴァン・サントが選ばれた(その新作の主演の男優さん、少し観れただけだけれど綺麗なお顔だったようで気になった)。キアラ・マストロヤンニのお姿も会場にあり、司会はダイアン・クルーガーだったし、審査委員の中にはフランスの大名優ミシェル・ピコリ(ロミーとの共演も多い)、サラ・ポーリーやトニ・コレットのお姿も拝見でき楽しかったぁ~♪アラン・ドロンは受け狙いなのかSTARというシルバーのブローチをジャケットにつけていて可笑しかった。でも、スターだから☆心臓を患ったという情報もあったけれど、お元気になられて(少し痩せられたようだった)良かった!

<受賞結果>
【パルム・ドール】
『4か月、3週間と2日』
(クリスティアン・ムンジウ監督)

【グランプリ】
『殯(もがり)の森』
(河瀬直美監督)

【60回記念賞】
ガス・ヴァン・サント監督
(『パラノイド・パーク』)

【最優秀脚本賞】
ファティ・アキン
(『エッジ・オブ・ヘブン』)

【最優秀監督賞】
ジュリアン・シュナーベル
(『潜水服と蝶』)

【最優秀男優賞】
コンスタンチン・ラウロネンコ
(『バニッシュメント』)

【最優秀女優賞】
チョン・ドヨン
(『シークレット・サンシャイン』)

【審査員賞】
『ペリセポリス」
(マルジャン・サトラピ&ヴァンサン・パロノー)

【カメラ・ドール】
批評家週間
『メドゥーゾット』
(エトガール・クレット&シーラ・ゲフィン)

★皆様、おめでとうございます~♪
スポンサーサイト


  1. 2007/05/28(月) 15:22:23|
  2. 雑記など|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

フェアリーテイル

フェアリーテイル フェアリーテイル
監督:チャールズ・スターリッジ 出演:フロレンス・ハース、エリザベス・アール、ポール・マッギャン、フィービー・ニコルズ、ビル・ナイ、ピーター・オトゥール、ハーヴェイ・カイテル、ボブ・ペック
(1997年・イギリス映画)

『クララの森・少女愛惜』で少しふれてみました。

  1. 2007/05/26(土) 05:40:35|
  2. 少年・少女映画(『クララの森・少女愛惜』へ!)|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

フランソワ・トリュフォー:FRANCOIS TRUFFAUT

20070517211735.jpg

フランソワ・トリュフォー:FRANCOIS TRUFFAUT
生年月日:1932年2月6日 水瓶座 フランス・パリ生まれ 没年:1984年10月21日

父は設計技師、母は雑誌社の秘書。しかし、両親はトリュフォーの生後間もなく離婚し、母の再婚後、叔母たちの家に預けられる。幼少期から映画に熱中し、初等教育を終え、15歳から工場で働き始める。しかし長続きはせず職を転々としている内に、友人と映画狂サークルを作り始める。その間にトラブルなどを起こし少年保護観察所に入所したりもしている。1950年には会社をサボりシネマテーク通いを始め、そこの常連のロメール、リヴェット、ゴダール、シャブロルらと同人誌を刊行。翌年、失恋の痛手から軍隊に志願するものの、脱走し「カイエ・デュ・シネマ」の映画欄を執筆し、辛辣な批評を発表。1956年にロベルト・ロッセリーニ監督の助手となる。1957年、映画会社の令嬢マドレーヌ・モンゲンステルヌと結婚、翌年短編『あこがれ』を発表し絶賛される。この後、自伝的な処女長編『大人は判ってくれない』でカンヌ映画祭の監督賞を受賞。ヌーヴェル・ヴァーグの旗手として注目され、1962年には『突然炎のごとく』(61年作品)、1968年の『夜霧の恋人たち』、その後も各作品でフランス・シネマ大賞など映画賞を多数受賞。『隣の女』の主演女優ファニー・アルダンと公私に渡る関係となり、1984年に娘ジョゼフィーヌをもうけたが、癌のため10月21日に死去された。遺稿の『小さな泥棒』はクロード・ミレール監督、シャルロット・ゲンズブール主演によって映画化された。

トリュフォーというと「アントワーヌ・ドワネルの冒険」と題されたシリーズと、そのドワネル役のジャン・ピエール・レオーの存在、ジャンヌ・モロー、ナタリー・バイ、デリフィーヌ・セイリグ、イザベル・アジャーニ、カトリーヌ・ドヌーヴ、ファニー・アルダン...と素晴らしきフランス女優さま達、ジュリー・クリスティやジャクリーン・ビセットの英国女優さまたちも♪そういう私の好きな女優さまたちを拝見できると共に、どの作品にも平凡な私のような人間にも共鳴を与えることの出来る、普遍的なテーマを扱ってきたのも、好きな要因だと思う。初めて観たトリュフォー作品はテレビでの『黒衣の花嫁』だった。劇場でのリアルタイムは『日曜日が待ち遠しい』のみ(まさかの早世だったので)。その後、特集などが組まれて過去の作品も徐々に観る機会に恵まれたり、あまりにも大好きな作品はビデオを購入したりして、今もそれらの映画たちが好き♪トリュフォー監督作品で嫌いな作品は全くない程、とても好きな監督☆


◆代表作◆
フランソワ・トリュフォー/盗まれた肖像 (1993) ドキュメンタリー
小さな泥棒 (1988) 原作
日曜日が待ち遠しい! (1982)
隣の女 (1981)
終電車 (1980)
未知との遭遇 特別編 (1980) 出演
逃げ去る恋 (1978)
緑色の部屋 (1978)
未知との遭遇 (1977) 出演
恋愛日記 (1977)
トリュフォーの思春期 (1976)
アデルの恋の物語 (1975)
映画に愛をこめて アメリカの夜 (1973)
私のように美しい娘 (1972)
恋のエチュード (1971)
家庭 (1970)
暗くなるまでこの恋を (1969)
野性の少年 (1969)
黒衣の花嫁 (1968)
夜霧の恋人たち (1968)
華氏451 (1966)
彼女について私が知っている二、三の事柄 (1966) 製作
マタ・ハリ (1964) 脚本
柔らかい肌 (1963)
二十歳の恋 (1962)
突然炎のごとく (1961)
ピアニストを撃て (1960)
大人は判ってくれない (1959)
勝手にしやがれ (1959) 原案
あこがれ (1958)
水の話/プチ・シネマ・バザール (1957~1989)
王手飛車取り (1956) 出演


20070517211805.jpg
『ピアニストを撃て』に出演のシャルル・アズナヴールとマリー・デュボワと♪

  1. 2007/05/17(木) 21:02:23|
  2. ★好きな監督★|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:8

私の好きなアルバム MYLENE FARMER / AINSI SOIT JE...

myleneainsicinemachouchou

●●●「私の好きなアルバム」●●●
"MYLENE FARMER / AINSI SOIT JE... " 1988年

ミレーヌの1988年のセカンド・アルバム。1stも現在のミレーヌも大好き!でも、やっぱりこの作品への執着からなかなか抜け出せないでいます。ミレーヌの書く詞の世界が好き、とっても。ポップなサウンドやどこか物憂げな美しい楽曲と歌詞とのバランスが独特で。ミレーヌの歌詞はなかなか翻訳が難しいとされています。私の知りうる現在の拙い解釈でもミレーヌの描く物語(愛)は、生と死、哀しみや孤独、少女として生まれ育ち大人になることへの嫌悪感と葛藤、夢と幻想、時に狂気をも帯びた世界。まるで私の気持ちを代弁してくれるかの様な美しきミレーヌは、最後のカリスマ!ミレーヌはとても誠実なのだと思う。そして人生は楽しい事だけではないけれど、それを誤魔化さず受け入れながら生きて行きましょう...苦しいけれども...と導いてくれるのです。この作品がリリースされた頃も今も、私はどれ程救われて来た事でしょう!アルバムを聴き終えた後に残る余韻が好き。誰とも比較できないミレーヌだけの世界がこの作品で既に完成されているかの様にも思えます...。余りにも大切な作品について語るのはとても難しい事ですね。

※「BRIGITTE」03号より




  1. 2007/05/16(水) 03:16:15|
  2. 私の好きな音楽・アーティスト|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ジャン=リュック・ゴダールが語るアラン・ドロン主演の『ヌーヴェルヴァーグ』

ヌーヴェルヴァーグ ヌーヴェルヴァーグ:NOUVELLE VAGUE
監督:ジャン=リュック・ゴダール 出演:アラン・ドロン、ドミツィアーナ・ジョルダーノ、ロラン・アムステュツ
(1990年・フランス・スイス合作映画)

記憶というものは不思議。不意に甦る風景や人、会話や活字たち。でも、データ化された記録でもないので断片的で不確かで曖昧。ある事を思い出しても、どこで読んだのか、何に書いてあったのか...となかなか思い出せないことがいっぱい。ゴダール監督が1990年にアラン・ドロンを主役(一人二役)にその題名も『ヌーヴェル・ヴァーグ』という作品を作られた。この初共同作品のニュースを当時どれ程喜んだだろう!その頃の私(80年代の終わり)が思い出される。そして、ゴダールがアラン・ドロンについて語ったものをやっと(未だに引越しの書籍群は整理できていない)、見つけ出した。懐かしさと嬉しさで一人で上機嫌になってしまった。以下、一部ながら。

「私はカンヌに来ることを最後まで躊躇した。作家として、また監督として私はここに来ることはなかっただろう。共同製作者の私は映画のプロデューサーや出演者たちに感謝の意を込め、ここで握手しなければならない義務があるのだ。また、或る意味では一度、30年たった今、カンヌを再訪し、初めてここに来た時の感情を振り返ってみたかった。その年、私はジャック・ロジェとクロワゼット大通りを歩いていてジャック・ニコルソンと擦れ違う。俳優として駆け出しだった彼は、モンティ・ヘルマンの映画フィルムを脇に抱えてここに売り込みに来ていたのだ。そして、奇遇にもアラン・ドロンもまた、、彼のデビュー作であるイヴ・アングレの『女が事件にからむ時』でカンヌにやって来ていた。ゆえに、私とドロンは30年前に、ここカンヌで擦れ違い、以後30年間、それぞれ別個に同じフランス映画産業で生きて来たのだ。

長い間私はドロンと一緒に映画を作ることを望んでいた。そしてこの『ヌーヴェル・ヴァーグ』で、彼の役-私には彼以外の俳優はあり得なかった-を見付けたのだった。例えば、彼には彼自身に対して、また他人との関係に於いて、《アラン・ドロン》であると同時にかつての《アラン・ドロン》でありえるのだ。それ故、彼はこの二重の役柄を演じることが出来たのである。ドロンは彼自身の中に独自の悲劇をもっている人間だ。そして私は、映画の中でも言っているように、彼を苛立てたり、厭がらせをしたり、殺したりすることは出来るが、ただそれだけなのだ。科学者たちのよく知る《スタア》が必要なのだ。だが、《スタア》とははるか彼方の物体で、我々は遅れによってしかその光を受けることが出来ない。例えば月光のように。映画スタアたちも同様なのだ。彼らはこの光、または過ぎ去って行った何かを象徴しているのだ。そして我々はその象徴をある意味において使用するのである。」

1990年のカンヌ国際映画祭でこの『ヌーヴェル・ヴァーグ』はパルム・ドールにノミネートされていた。受賞はデヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』。今年もカンヌ映画祭の季節になった。この映画祭が大好き。しかし、ゴダールは幾度もノミネートされているけれど、まだパルム・ドールを受賞されてはいない。以前、カンヌ映画祭の歴史のようなドキュメンタリーをテレビで観たことがある。1968年の開催目前に、ゴダールとトリュフォーは中止を叫び訴えていた。時は五月革命。華麗に着飾ったスター達や受賞候補者達の胸中も様々だっただろう。結局この年のみ、カンヌ国際映画祭は中止されたという事実。その映像のゴダールとトリュフォーの目や表情が焼きついている。彼らは映画人であると同時に哲学者のようにも思う。生き様、言行が作品と共にある。好き嫌いはあるだろうけれど、やっぱりゴダールは好きだ!と再認識するのだった。

20070508041105.jpg
素敵なアラン・ドロン♪


  1. 2007/05/08(火) 05:25:18|
  2. 映画人語録・好きな台詞|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:0

ジャン=リュック・ゴダールが語るアラン・ドロン主演の『ヌーヴェルヴァーグ』

ヌーヴェルヴァーグ ヌーヴェルヴァーグ:NOUVELLE VAGUE
監督:ジャン=リュック・ゴダール 出演:アラン・ドロン、ドミツィアーナ・ジョルダーノ、ロラン・アムステュツ
(1990年・フランス・スイス合作映画)

記憶というものは不思議。不意に甦る風景や人、会話や活字たち。でも、データ化された記録でもないので断片的で不確かで曖昧。ある事を思い出しても、どこで読んだのか、何に書いてあったのか...となかなか思い出せないことがいっぱい。ゴダール監督が1990年にアラン・ドロンを主役(一人二役)にその題名も『ヌーヴェル・ヴァーグ』という作品を作られた。この初共同作品のニュースを当時どれ程喜んだだろう!その頃の私(80年代の終わり)が思い出される。そして、ゴダールがアラン・ドロンについて語ったものをやっと(未だに引越しの書籍群は整理できていない)、見つけ出した。懐かしさと嬉しさで一人で上機嫌になってしまった。以下、一部ながら。

「私はカンヌに来ることを最後まで躊躇した。作家として、また監督として私はここに来ることはなかっただろう。共同製作者の私は映画のプロデューサーや出演者たちに感謝の意を込め、ここで握手しなければならない義務があるのだ。また、或る意味では一度、30年たった今、カンヌを再訪し、初めてここに来た時の感情を振り返ってみたかった。その年、私はジャック・ロジェとクロワゼット大通りを歩いていてジャック・ニコルソンと擦れ違う。俳優として駆け出しだった彼は、モンティ・ヘルマンの映画フィルムを脇に抱えてここに売り込みに来ていたのだ。そして、奇遇にもアラン・ドロンもまた、、彼のデビュー作であるイヴ・アングレの『女が事件にからむ時』でカンヌにやって来ていた。ゆえに、私とドロンは30年前に、ここカンヌで擦れ違い、以後30年間、それぞれ別個に同じフランス映画産業で生きて来たのだ。

長い間私はドロンと一緒に映画を作ることを望んでいた。そしてこの『ヌーヴェル・ヴァーグ』で、彼の役-私には彼以外の俳優はあり得なかった-を見付けたのだった。例えば、彼には彼自身に対して、また他人との関係に於いて、《アラン・ドロン》であると同時にかつての《アラン・ドロン》でありえるのだ。それ故、彼はこの二重の役柄を演じることが出来たのである。ドロンは彼自身の中に独自の悲劇をもっている人間だ。そして私は、映画の中でも言っているように、彼を苛立てたり、厭がらせをしたり、殺したりすることは出来るが、ただそれだけなのだ。科学者たちのよく知る《スタア》が必要なのだ。だが、《スタア》とははるか彼方の物体で、我々は遅れによってしかその光を受けることが出来ない。例えば月光のように。映画スタアたちも同様なのだ。彼らはこの光、または過ぎ去って行った何かを象徴しているのだ。そして我々はその象徴をある意味において使用するのである。」

1990年のカンヌ国際映画祭でこの『ヌーヴェル・ヴァーグ』はパルム・ドールにノミネートされていた。受賞はデヴィッド・リンチ監督の『ワイルド・アット・ハート』。今年もカンヌ映画祭の季節になった。この映画祭が大好き。しかし、ゴダールは幾度もノミネートされているけれど、まだパルム・ドールを受賞されてはいない。以前、カンヌ映画祭の歴史のようなドキュメンタリーをテレビで観たことがある。1968年の開催目前に、ゴダールとトリュフォーは中止を叫び訴えていた。時は五月革命。華麗に着飾ったスター達や受賞候補者達の胸中も様々だっただろう。結局この年のみ、カンヌ国際映画祭は中止されたという事実。その映像のゴダールとトリュフォーの目や表情が焼きついている。彼らは映画人であると同時に哲学者のようにも思う。生き様、言行が作品と共にある。好き嫌いはあるだろうけれど、やっぱりゴダールは好きだ!と再認識するのだった。

20070508041105.jpg
素敵なアラン・ドロン♪


  1. 2007/05/08(火) 03:43:57|
  2. 映画人語録・好きな台詞|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:10

アリス

アリス アリス:ALICE
監督:ヤン・シュヴァンクマイエル 
出演:クリスティーナ・コホウトヴァー
(1987年・スイス・西ドイツ・イギリス合作映画)

毎月音響係でお手伝いさせて頂いている「お茶会」♪今回も降りしきる雨の中、可愛いお方、素敵な方々とまったりと楽しいひとときを(まだ完全ではないので、もう暫くお家で静養予定という情けなさ)。映画ブログに帰って書きますとお約束したのでさっさといたします~♪

この『アリス』の前に、『シュヴァンクマイエル映画祭』でいくつかの短編映画を観たのが最初。小さな劇場ながらほぼ満員で、一番前の席しか見つからずそこで。同行した某▲氏の方が気に入った様子だった。私はこのような人形アニメーション映画は初めて観たので、感動というよりは不思議な面白さにやや不快さと愉快さが混合するような気分だった。後に、再見する機会に恵まれ今では好きな作品がいくつかある。この『アリス』は"BRIGITTE"でも仲良しのお友達とのコーナーで3~4年前に冊子でご紹介させて頂いたもの。(こちらをご覧頂いている方でメンバーになって頂いている方は重複する箇所もございますが、簡単に感想を書きとめておきたいと思います。)

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』はお好きですか?というところから。どこが好きですか?と色々とお好きな方、好きでもないけれど知っている、大好き!とまぁ様々だと思うけれど、私は子供の頃から好きで抜け出せずにいる。でも、次第とその世界の深さに陥り、陥ったままではいけないので、バランスを保つようにしている毎日。このヤン・シュヴァンクマイエルの長編第一作目となる『アリス』。先ず、このアリス役の少女クリスティーナ・コホウトヴァーがあまりにも可愛い♪しかし、このアリスのお部屋は子供部屋にしてはかなり不気味。アリス人形、これは1971年の『ジャバウォッキー』(これもルイス・キャロル原作)で先に登場しているのだけれど、他の創作キャラクターやオブジェたちがグロテスクなユニークさ。兎の歯はかなり長く、靴下が芋虫になったり、剥製も不気味。この不気味さが個性であり、シュールレアリスム作家としての比類なきヤン・シュヴァンクマイエルの世界なのだと思う。かなり強烈な作品(構想20数年と言われる)『悦楽共犯者』などはもっと衝撃的だった。ブルトン達が生きていたならどう思っただろう?これは、本国チェコでは親達からのクレームも凄いものだったそうだ。この『アリス』にしても本国よりも日本やイギリスでの方が評価が高いのでは?と想像したりもする。実写と人形アニメーションの融合で面白い動き。アリスのほぼ無表情な愛らしさ(妙にニコニコされると作品が変わってしまう)。本来は穴に落ちてゆくのだけれど、このアリスは机の引き出しの中に入っていく(まるで、『ドラえもん』みたい)・・・今ではDVDにもなっているし、レンタルコーナーにもあるので好き嫌いは分かれる監督作品群ながら、固定ファンはしっかりいると思う。ジャン=リュック・ゴダールとフランソワ・トリュフォーが共同監督した『水の話』(1957年の短編)収録ビデオの最後に年代も違うシュヴァンクマイエルの短編『闇・光・闇』(1989年)が何故か収録されていた。この短編を代表作、名作に挙げるお方も多いよう。実にブラックユーモアの極み!とにかく短編を多数60年代から制作し続けているアート監督(作家)。『地下室の怪』や『オテサーネク 妄想の子供』なども個人的には好きみたい。このグロテスクさを悪趣味と思われたり、生理的に拒否反応を示すお方も多いと思う。でも、私はユニークなナンセンスさ、不条理な世界、この特異なアート感覚は凄いと思う。

さて、カテゴリーですが、少女映画とも言えますがファンタジーとさせて頂きます。

alice.jpg



続きを読む→
  1. 2007/05/07(月) 08:07:26|
  2. ファンタジー・タイムトリップ|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:12
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。