
「ベスト・オブ・マリアンヌ・フェイスフル」
私は女性ヴォーカルが大好きだと言える。そして、「女性ヴォーカル」というとまず浮かぶお方の中にマリアンヌ・フェイスフルは欠かせない。お小遣いでレコードを真剣に買い始めたのは中学生の頃。中学に上がる直前の春休みに母から買ってもらったビートルズ・ボックスが洋楽への入り口。そして、日増しに音楽、特に洋楽にのめり込んで行った。そして、音楽雑誌を買い求め隅から隅まで耽読していた。ラインを引いたりノートに書き出したり。美麗写真を模写してみたり...毎日が狂っていくかの様に。中学生の私は既にジョン・レノンやデビッド・ボウイに夢中だった(ジョンは間もなくして死んでしまったけれど)。一枚ずつ少しずつ作品を集めた。お小遣いでは追いつかない欲求はラジオへ向かった。「FM fan」を毎日チェックし、気になる番組の為には早朝から深夜遅くまでエアチェックに費やしたものだ。レコードは少しずつ数を増すけれどカセット・テープはどんどん急速に増えていった。専用のノートを作りお気に入りの曲に一つ一つ感想を書いたりしていた。お家に遊びに来た友人には「おかしい。変わってるよ。」とからかわれたりしたけれど黙して一人遊びを続けていた。夜中ライナーノーツを読みながら異国へ夢を馳せた。ヘッドホーンで歌詞を追いながら知らない内に大きな声で歌っていた。夜中だと父に叱られた...昨日の事の様。
とても鮮明に懐古する事が可能なのは何故?見つけたから、夢中になれるものを。お陰で友人とのお付き合いは悪くなって行ったのは残念だったけれど。それでも早くお家に帰り音楽を聴きたかった。勉強中もずっと音楽が流れていた。そんな勉強の仕方を担任の先生は「現代病やな。」と笑った。叱られなくて良かった。そんな想い出達と一緒にマリアンヌ・フェイスフルという女性に惹かれて行った日々がある。最も多感な少女期に出会えたこの様な方々は忘れられない、決して!「MUSIC LIFE」の中に再発のレコード評を発見。その気怠く物憂い一枚のレコードジャケット。それは「ブロークン・イングリッシュ」だった。ブルー地に映る退廃的なお写真。すぐに飛びついた!ジョンの「ワーキング・クラス・ヒーロー」のカバーが入っていて嬉しかった。そして、嗄れたお声とエレクトロな音。NEW WAVEなるシーンがラジオでも紹介され聴いていた頃なので全くマッチした。そして、それまでの経歴や作品を知るようになりミック・ジャガーが大嫌いになる!(ところが、数年後ハイドパークのライヴを観てすっかりファンに成るのだけれど。)
このベスト盤はその「ブロークン・イングリッシュ」で始まる。そして、唯一の60年代の収録曲「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」で終える。この17歳の初々しいお声を後から知った時とても驚いた。そして、マリアンヌ・フェイスフルという女性の生き様におののきと感銘を受けていく。貴族の血統、その高貴な気品と可憐な美貌から真っ逆様にスキャンダルにまみれどん底へ。でも生きていた!死のうと何度も思っただろう。悪夢を見た者は道は分かれるだろう。でも、マリアンヌは生きる事を選んだのだ。底から這い上がる様を思うと胸が締め付けられる程だった。私には到底持ち合わせていない強靱な意志、精神力に憧れた。ミックとのカップルは最高にお似合いだったと思う。でも、その破綻、裏切りから傷付いた心。ドラッグやアルコールでボロボロになる身体。可憐な容姿は次第に哀しみを帯びた堕天使の様に変貌して行く。でも同時にアーティスト:マリアンヌ・フェイスフルは成長して行き今も圧倒的な存在感を誇っているのだと。呪詛とさえ称されるあのお声は深みを増しますます唯一無二な存在に。決して気品は失せないまま。
この作品中には「SHE」という1994年当時の新曲が収録され、さらに忘れてはならない曲が!パティ・スミスの「ゴースト・ダンス」を取り上げているのだ。パティはマリアンヌ様の大ファンだから嬉しかっただろう。そして、この曲のプロデュースはキース・リチャーズ!(&ドン・ウォズ)だという事に狂喜乱舞。長いキャリア同士、色んなトラブルを経験し同じ時を過ごした古い悪友の様なキースとまたお仕事を一緒にされたのだから。お二人の笑顔で写るツーショットを同時期に拝見することが出来た...とてもとても素敵だった。そして嬉しかった。
- 2004/07/11(日) 08:59:20|
- マリアンヌ・フェイスフル|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0

ラ・パロマ/LA PALOMA 1974年 スイス/フランス合作映画
監督:
ダニエル・シュミット 撮影:レナート・ベルタ
出演:
イングリット・カーフェン、ペーター・カーン、ビュル・オジェ、ペーター・シャテル
初めて観たのは今から10数年前。同じ頃「今宵かぎりは」も観る機会が有り、それ以来この
イングリット・カーフェンはお気に入りの女優様なのだ。そして、監督の
ダニエル・シュミットの魔法の様な映像にクラクラしファンになった。私の好きな題材が各所に散りばめられていて宝石の如く暗闇に輝く。カーフェンの特異な美貌はただ美人なだけでは無く耽美的、かつ退廃的なものが備わっている。この映画の中では特に目の演技が印象的だ。妖艶さも毒気も過剰では無い。でも時に冷淡な眼差しを向ける。痩身で美しい背中が広く開いたドレスを纏い歌うシーン。その歌は「上海」だ。黒と白、どちらもお似合い。その綺麗なシルエットでゆっくりと階段を下りるシーンなどウットリする。優雅で甘美という言葉が最もピッタリな女優様だと思っている。
この「ラ・パロマ」は少し「椿姫」を想起させるものがある。夫:イジドール(ペーター・カーン)の一生涯の忠誠を誓った理解を越えた大きな愛。ラ・パロマ(カーフェン)は夫の友人に恋をする。彼に一緒に連れていって!と願うがそれは出来ない事だった。その後、彼女は部屋に閉じ籠もりメイドのアンナとしか口をきかなくなる。そして、毒薬学の本を基に何やら調合して独自の美顔薬を作る事にだけ興味を示す様に。しかし、元々「あと2週間の命」と宣告されていた娼館の落ちぶれたスターだった彼女を、イジドールの大きな愛の力で回復したのだった。愛の忠誠を誓ったのに、信じていたのに叶えられなかった事で彼女は復讐的な計画を始める。それは死を持って。瀕死の床で真っ白なドレスに真っ黒な十字架を持つヴィオラ(ラ・パロマ)が最後の言葉、約束を誓わせるシーン。死後、3年後に遺体を納骨堂に移してほしいとの遺言。約束通り3年後にその棺を掘り出し蓋を開けた瞬間!このシーンがとても大好きだ。生きていた時と全く変わらない姿だったのだ(そんな美顔薬が欲しい)。しかし、その変わらぬ美しい妻の遺言を実行するにはその身体を切り裂かねばならない...これ程までに怖い、残酷な復讐があるだろうか。純粋に愛を貫いて来たイジドールはその約束を果たす為に泣きながら途中からは狂気に至ったのか?!高らかな笑い声を上げながら。その声に合わせてヴィオラの笑う声も。相反する笑い声だ。美によって復讐される瞬間。ホラーでは無い私の好きなゴシック感覚がこの辺りによく表れている。
後、忘れてはならない名場面というのは二人が結婚式の後アルプスの山上でデュエットするシーン。監督が
オペラ好きだと言うこともあり、こういうセンスは抜群だと思う。数少ない二人が幸せな面持ちのシーンだ。虚構の愛はいずれは破綻する。また、虚構だからこそ描けるものもあるのでは?この映画を観ていると夢の世界が映像化(視覚化)されたのだ!と思ってしまう。最初の方に「空想の力」と活字が現れる。それはある啓示の様でもある。時折現れるその象徴の様な天女というか女神の様な存在(男性とも女性とも思える)は花のミューズの様だ。そう!この映画は室内は極めて暗く、その陰影は微睡む程美しい。そして薔薇などのお花の鮮やかな色彩が、貴族のお屋敷の家具や装飾品、衣装達と共にあまりにも綺麗に映えるのだ。やはり、シュミットは"映像の魔術師"である。そして、それらの美しいカメラワークの担当者であるレナート・ベルタ。彼の手腕はアラン・タネール、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、エリック・ロメール等の作品でも堪能出来る。私の最も好きな撮影才人でもある。そして、この「ラ・パロマ」はかのルキノ・ヴィスコンティも大賛辞を送ったそうだ。これまた私には悦ばしい事である。
イングリット・カーフェンの歌も好き。カーフェンは嘗て
ダニエル・シュミットとライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと共に劇団の様なものを設立した。そして、ファスビンダーと結婚(3年だけだが)。この二人の監督の作品に数本出演している。しかし、どちらもなかなか安易に観る事が出来ない現状。タイプはかなり違うけれど、ファスビンダー作品というとハンナ・シグラも欠かせない。そして、もう一つ、この「ラ・パロマ」が好きな理由はイジドールの母親役に扮するビュル・オジェが出ている事。私の好きな女優様達は皆それぞれ誰とも比較出来ない魅力が有る人ばかり。
「美しく穀然と、時には仮面の様だった。」とイジドールがヴィオラの美を幸福そうに友人のラウルに語る。正しく、カーフェンの美はこの台詞通り。そして、「あなたにいつまでも思い出を。」とあの花の女神(フローラ)が告げ幕は下りる。耽美的でノスタルジックな余韻を残して。イマージュの連鎖の成せる技。なので決して陰鬱な後味では無い。逆にとても気分が良いのだ、私には。気怠く眠くなる方も居られるだろうがそこも魅力。それにしても、このラ・パロマ役はカーフェンで無ければこれ程までの艶やかさを映像に残すことは出来なかったと思う。監督のキャスティングも見事なものである。
続きを読む→
- 2004/07/11(日) 07:32:32|
- 耽美・デカダン・幻想・映像詩・アート|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0
 | チャオ!マンハッタン 監督:ジョン・バルマー、デビッド・ワイズマン出演:イーディ・セジウィック、ウェスリー・ヘイズ、イザベル・ジュエル、ロジェ・ヴァディム、アレン・ギンズバーグ、クリスチャン・マルカン (1971年・アメリカ映画)
|
EDIEあるいはEDITHという女性を知った時、既に彼女はこの世を去っていた。でも、何か掻き立てられるものを感じてしまった。それは在る一枚のモノクロームな写真だった。か細い身体でショートカット(後に銀髪と知る)、レオタードタイツ姿があまりにも美しく、その長い足に見とれた。イーディーなるお方って?その可愛い笑顔でダンスするお写真に息を呑んだ。後に大好きなパティ・スミスも彼女の影響を強く受けていることを知り、さらに気になる存在に。(存在していたというのが正しいのだろう。しかし、私の中では今も生きている。)そのお写真はモデル時代Vogue誌のもの、60年代だ。私はお部屋でこっそりとポーズを真似たりしていた。「こんなにダンスって楽しいのかな?」と。ディスコやクラブという場所を知らない少女期の衝撃だった。
そして、その後もイーディーに関する書籍を読んだりしていると
アンディ・ウォーホルのファクトリーのミューズだったと知る。60年代を突き抜けたお方が此処にも居たのだった。ドラッグに溺れ身体をボロボロにしていく。当然お仕事も無くなる...荒んだ生活と精神。それでも、綺麗だった、可愛かった。ドラッグと精神病院を出たり入ったり、そんな時期にかのヘルス・エンジェルに拘わったりと散々な日々を送る彼女に久しぶりにお仕事がやって来た。それがこの「チャオ!マンハッタン」だ。内容はどうだろう?セックスとドラッグに溺れて破滅への道を歩んでいるイーディーそのものという感じ。後味は決してよいものではなかった。でも、ただ笑うイーディーの顔が忘れられない、綺麗だから。でも、もう待ち受けるものは「死」しか無かった。そんな破滅していくイーディーをドキュメンタリー然と捉えた監督は凄い!でも、1971年制作なのに発表されたのは1982年になってからと暫く封印されていた。
1971年7月にこの映画で知り合った青年とカリフォルニアで結婚生活を送る。幸せな日々は束の間...1971年11月に他界。死因は睡眠薬の多量摂取からだと。陽に焼けた白いウエディング・ドレスを着て幸せそうな笑顔のお写真、これもまた私の脳裏に焼き付いたまま。ウォーホルやディランの寵児であり60年代を体現していた一人の女性。60年代半ばのN.Y.アンダーグラウンドのアートシーン、ポピズムの女神だった。ウォーホルは語っていた「イーディーは片時も静止しない。眠っている時でさえ両手を大きく広げて動かしているんだ。すべてがエネルギーって子だった。」と。そんなイーディーをカメラに写すウォーホルは楽しくて仕方なかっただろう。しかし、普通の生活には障害と成ることが多かったのではないだろうか?なので、駆け抜ける様に28歳の若さで美しいままこの世を去ったのかも...。
ファクトリーのスーパースター達はみんな魅力的だ。ニコもその一員だった。でも、それ以前に、
イーディ・セジウィックは時代を作ったのだ。本人のお気持ちは分からないけれどそういう宿命の下にあった稀なる存在だったと思える。華やかな時期のピークは1965年前後だろう。それでもなお、当時を知らない私でも心に刺さった何かが今も取れないままなのだ。此処にもある種の「美」と「運命」に呪われた宿命の女性を見てしまう。
続きを読む→
- 2004/07/11(日) 04:16:27|
- 耽美・デカダン・幻想・映像詩・アート|
-
トラックバック:0|
-
コメント:0

暗殺の森/IL CONFORMISTA
1970年 イタリア/フランス/西ドイツ合作映画
【監督】
ベルナルド・ベルトルッチ
【出演】
ジャン=ルイ・トランティニャン
ドミニク・サンダ
ステファニア・サンドレッリ
ピエール・クレマンティ
ジョゼッペ・アドバッティ
私の趣味のサークル"BRIGITTEの会"の会報誌にもドミニク・サンダ(普段ドミニク様とお呼び敬愛しているお方)作品に付いて書いた。まだ観ていない作品もあるけれど観たものは全て!好き。絶対的な私の理想の"美"が集結していると断言できる。大好きなヴィスコンティ作品、このベルトルッチ作品(「1900年」も)で決定的な出会いをしたと勝手に思っている。私はフランス映画と同じくらいにイタリア映画が好き。その傾向は歳を重ねる毎に強まる様なのだ。このベルトルッチ監督はパゾリーニ監督とも親交が深かったそうで、初期の「殺し」は本来はパゾリーニ作品となる予定だったと伝え聞く。
さて、この「暗殺の森」を初めて観たのはTVでだった。その番組名もチャンネルも覚えていない。吹き替えだったのかも知れない。しかし、小学6年生の時、TVで「愛の嵐」を隠れる様に息を呑んで魅入ってしまった私はその愛するランプリング様を超える存在となるお方を知ってしまった。この衝撃は大きい!革命や政治運動というものに興味があった高校生の頃。そんな私にタイミング良く現れて下さったとも。この映画のファンの方々は有名な二つのシーンを即想起されるであろう!一つは、ステファニア・サンドレッリと美しいドレスを纏い舞踏するシーン。この優美で退廃的な美、香るレズビアンな空気。もう何度も観ているけれどやっぱり大好きなシーンだ。そして、もう一つは雪の中で暗殺されるシーン。後にドミニク様自らのインタビューで読み知る事が出来た事だけれど、あのシーンを撮影中、とてもイライラしていたそうだ数日間。そして、あのシーンの瞬間あまりにもショックでその異常さにスタッフ達も駆け寄った位のものだった。しかし、監督はそのまま撮り続けたのだと。演技を超えた瞬間だったのだろう!そんな事を知りますます震え立つものを感じるのだ、このお方には。娼婦から左翼インテリ女性を演じきった。誰がこの時18歳だったと信じるだろう!あまりにも早熟だ。あのシーンは戦慄の瞬間というのだろうか?勿論、ジャン=ルイ・トランティニャンの存在は大きい。彼女が血塗れで殺される時、あのクールな態度は印象的だった。初めは「何て!卑劣な人。冷酷な人。」と怒りが込み上げたものだ。しかし、あのシーンは脱落していく虚無の表れだったと。見事なトランティニャン!
原題の「IL CONFORMISTA」は体制順応主義者。ファシズムとコミュニズムの狭間で揺れ動く孤独なファシスト:マルチェロの心の動き。イタリアの一つの時代、反ファシズム闘争が幻想に過ぎず崩れていく様をこれ程までに美しく描いた作品を名作と呼ばず何と呼ぶのだろう?「ラストタンゴ・イン・パリ」と双璧を成すであろうベルトルッチ監督の60年代末から70年代作品の代表作である「暗殺の森」。しかしながら、私はドミニク様ばかりを追いかけてしまう。それはどの作品でも同じ。「1900年」のドパルデューの評価は巷でも高い、素晴らしい俳優さんだろう。しかし私は苦手...なのに好きな作品に多く出ている...困る。「1900年」はとっても長編作なので忍耐力が必要だったけれど、ドミニク様が現れると色彩がさらに美しさと陰影を増すのだ。白馬に乗り森を颯爽と駆けるお姿。高貴さと狂気が迸る奇妙な瞬間は嬉しくて仕方が無いくらいだった。
依怙贔屓たっぷりな素人感想文ながら、今後も登場回数は多いお方だと思う。存在が"美"なのだ!私の一等大好きな女優さま!誰も超える事は出来ないのだ。ブルジョワの気高き気品と反逆者でもあるかの様なあの眼。細すぎず決して豊かではない綺麗な肢体。そして波打つ長く美しい髪。完璧なる顎の線、ロマンティシズム溢れる眉、知性溢れる額、凛々しい口元....どこもかも全てが大好きなのだ。私の大切な美の世界に君臨するドミニク様を永久に愛す!
続きを読む→
- 2004/07/11(日) 03:56:55|
- 耽美・デカダン・幻想・映像詩・アート|
-
トラックバック:0|
-
コメント:2