★映画の宝石箱★美しき菫色の刻に愛を込めて☆ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

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『黒蜥蜴』 深作欣二監督 (1968年)

miwasamacinemachouchou

黒蜥蜴
1968年・日本映画
監督:深作欣二 原作:江戸川乱歩 原作戯曲:三島由紀夫 脚色:成澤昌茂 撮影:堂脇博 音楽:富田勲 美術:森田郷平 出演;丸山明宏、木村功、川津祐介、松岡きっこ、宇佐美淳也、西村晃、小林トシ子 特別出演:丹波哲郎、三島由紀夫

『クララの森・少女愛惜』にて、この映画のことを少し綴っています♪


※洋画が主なのですが、日本映画も好きです。でも、やはり「昭和」が好きなもので時代遅れで最新情報にもとても疎いのです。時々、また邦画(格別お気に入りの!)感想もメモしてゆきたいと思います。


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  1. 2009/08/11(火) 06:30:33|
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『鏡』 アンドレイ・タルコフスキー監督 (1974年)

鏡【デジタル完全復元版】鏡/ZERKALO
1974年・ソビエト映画
監督:アンドレイ・タルコフスキー 
出演:マルガリータ・テレホワ、オレグ・ヤンコフスキー


基本的にタルコフスキー作品が好きな私。敢えて「BRIGITTE」で選ぶのはその作品の中の女性像に惹かれる、あるいは印象強く残っている場面...今回はそういう意味で「鏡」(長編としては第4作目)を選んでみました。この作品はタルコフスキーの少年時代の回想から現在までの時空間を自由に眩暈を伴う様な美しい描写で描いて行く。もっと観るとまだ見えないものが見えて来るだろう。スペイン戦争、第2次世界大戦、 中国文化革命などの歴史を読み解かなくてはならないくらい、心理的な読みは難解な部分が多い。私はこの映画を6回くらい観たくらい。観ているうちに、歳を重ねるうちに理解出来る事が増えて行く。ただ、大好きな場面は初めて観た時のぼんやりとした「綺麗だなぁ~」「悲しくて美しい」と感じた場面。それは変わらないので不思議なくらい。元来、美しい映像を眺めている事が好きだからかもしれません。

主演のマルガリータ・テレホワは母と妻の二役を見事に演じ分けています。忘れら れない大好きな場面は、母役のマルガリータが盥で髪を洗うシーン。したたる濡れた髪と緩やかな動き(スローモーション的)はハッとする程の美しさでした。鏡という存在は過去と現在、夢と幻想、実像と虚像のどちらをも観る者に投げかけてくるには最適だったのでしょうか?タルコフスキーの詩的な印象の強いこの作品では、アルセニー・タルコフスキー(監督の父)による挿入詩があり、その朗読をするのはアンドレイ・タルコフスキー自身。監督自らの声で父の詩を朗読する事によって、この幻想的な世界に実を伴ったものを与える事が出来る様です。ラストのシーンで「心配ない...すべて 何とかなるものだ....」と作者の声、そして若い頃の父と母...そして母は子供を連れて歩いていく...涙ながらも微笑を帯びた母の顔が大写しになる...幼い頃の主人公が大声で叫ぶ...だんだんとそれらの姿は遠ざかって行く。この最後の声は叫び...全てこの少年の叫びによって行き交う時間、飛び交う幻想が美しい調和 を生みます。このラストでのマルガリータ・テレホワの強くて優しい涙を伴った微笑みも一生忘れられない場面なのです。

  未来もここに現れる、光も永久に残るだろう
  過ぎ去った日々を、私はこの肩に積み重ねて

  深い時の森を抜けて来た
  私は自らこの世紀を選ぶ.....
  埃を巻き上げながら、我々が南を目指したとき、
  草原は熱気で私と馬に襲いかかり

  修道僧の様に死をもって脅かした
  運命を鞍に結びつけ、私は今、
  少年の様にあぶみに腰を浮かせ、未来を眺めよう
  私の血が絶えようと、私は不死を求めない、
  暖かで、確かな一隅を私は命にかえもしよう
  この世のどこに連れてゆかれようと

 - タルコフスキーの朗読する父の詩より抜粋 -





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  1. 2008/06/19(木) 18:02:46|
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『愛の嵐』のルチアを描く芽となったと語るリリアーナ・カヴァーニ監督

愛の嵐-無修正ノーカット完全版-愛の嵐/IL PORTIERE DI NOTTE
1973年・イタリア/アメリカ合作映画
監督:リリアーナ・カヴァーニ 製作:ロバート・ゴードン・エドワーズ 脚本:リリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティ 撮影:アルフィオ・コンチーニ 音楽:ダニエル・パリス 出演:ダーク・ボガード、シャーロット・ランプリング、フィリップ・ルロワ、ガブリエル・フェルゼッティ、イザ・ミランダ、マリノ・マッセ

『愛の嵐』のルチアを巡る想いなどを思いつくままに少し綴ってみたけれど、まだまだ想いは遥か...この衝撃の出会いが今も映画が大好き!でどうしようもない私となっているように想う。

久しぶりに、リバイバル上映時(1987年)の時に購入したパンフレットを眺めてみた。この映画の脚本は監督のリリアーナ・カヴァーニ、イタロ・モスカーティとなっていて、原作がある訳ではないけれど、実在する女性のお話などから監督が書き上げたものだと記してあった。この頁の内容はすっかり忘れてしまっていたので、再発見したようで今なお新鮮に受け止めることができて嬉しい。

「ダハウの収容所に18から21歳までいたあるユダヤ女性は、今もなお毎年のバカンスをダハウで過ごすのだと言っていました。でも、彼女はそれがなぜだか、自分にも分からないのです。また、かつてアウシュヴィッツにいた別のブルジョワ女性は、もう夫や子供のところに戻ることができず、ひとりで生きるために家を出ました。すでに収容所で極度の残酷さを知った彼女にはもう正常な家庭生活を送るにはあまりにも人間が歪んでしまっていることを自分で感じていたのです。そして彼女はこう言っていました、”犠牲者がみな純真で潔白だなんて考えないで”と彼女は私に言いました。これらドストエフスキー的な女性たちが私に不安を与え、それが『愛の嵐』の女性を描く芽となったのです。」 
リリアーナ・カヴァーニ監督)



nightportercinemachouchou



  1. 2007/12/31(月) 05:57:51|
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地球に落ちて来た男

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地球に落ちて来た男/THE MAN WHO FELL TO EARTH
1976年・イギリス映画
監督:ニコラス・ローグ
出演:デヴィッド・ボウイ、リップ・トーン、キャンディ・クラーク

”デヴィッド・ボウイほど、ふたつの分野(映画とロック)にエネルギーを注ぎ、成功している例はない。”と水上はるこ氏を始め多くの方が語っておられる。そういう文章を拝読する度に”流石!ボウイさま~♪凄いです。”って誇らしく嬉しく思う。今日はボウイさまの60歳のお誕生日でもあるので、ボウイ映画と決めていた。ボウイ映画と言えば、やはりニコラス・ローグ監督の「地球に落ちて来た男」。ちょっとした内容や感想は『ボウイ館』でも綴ったのであまり重複しないように。このニコラス・ローグ作品はボウイがロック界のスーパースターではなく、過去の美青年俳優のおひとりならば、きっと”カルト映画”とされていたように思う。SFというジャンルの傑作という扱いの今日だろうけれど。でも、”愛の物語”だと監督は語っていたし、ジャンルに囚われない不可思議な映画。とにかく、ボウイが美しい!あの痩せこけた真っ白い肌。変な歩き方。自ら選んだお衣装やサングラスなど...全てボウイの為の映画のよう。宇宙人役もこの頃のボウイは正にハマリ役。本当にこの世に住んでいる人なのだろうか?と思っていた程。レンタル屋さんによっては、音楽のコーナーに置いているお店もあった。それはデヴィッド・ボウイという名前が大きいからなのだろう。ボウイは元々演劇畑のお方で、映画ファンとしても有名。俳優デヴィッド・ボウイとしても認知されているけれど、どうしたって音楽シーンに与えた影響は計り知れない。今も現在進行形であることも安易なことではないだろう!

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  1. 2007/01/08(月) 08:31:53|
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ワンダーウォール

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ワンダーウォール:WONDERWALL
1968年 イギリス映画 ジョー・マソット監督

出演:ジェーン・バーキン、ジャック・マッゴーラン 音楽:ジョージ・ハリスン

日本での初公開は1996年と比較的最近なので、この公開作品を観られた方も多いかもしれない。私もそうでビデオも買ったのにDVD化...でも、嬉しい。1968年のジェーン・バーキンがまだロンドン時代に制作された作品で、やっぱり60年代末期の空気が1時間半程の間、全編に溢れている。

この映画で最も注目されることは音楽をビートルズ時代のジョージ・ハリスンが担当していることだろう!彼のインド音楽への傾倒はその後、色んなアーティストにも影響している。ここでも、シタールの響きが効果的なロック・サウンドは、映像のサイケデリックさ、摩訶不思議な雰囲気にとてもピッタリ。

それにしても、この頃のジェーンは可愛い!まだ22歳位なのだ。長身で長い足と太い腰がミニスカートやワンピース姿、メイク...60年代の気怠いサイケデリックな色彩の中で奇妙な可憐さとして焼き付いている。老教授が壁の穴から覗き見しているのだけれど、次第に研究が幻想と現実の交錯する世界へ。そして、ジェーンは台詞が全く無い!覗き見される対象としてのモデル的な役柄の様だった。

各人のカラフルなファッション等を観ているだけでも結構楽しめる。でも、これもカルト的作品と言えると思う(広義な意味合いで)。

私はジェーン・バーキンは歌手としての方がより好きだったりする。あの歌唱は「ジェーン・バーキン・スタイル」(セルジュの仕業・業績?!)を生み出し、何より綺麗なお声だから好き。特に高音などたまらない。まだ未見の作品もあるけれど今のところ一等好きな映画は「スキャンダル」。「ジュ・テーム」は実はあまりそんなに好きではないのだ...セルジュ・ゲンスブールのサントラの「ジュ・テーム」は好きなのに。でも、ここ数年は映画に出演されていないので新作が楽しみではあるのだけれど。


  1. 2005/03/20(日) 08:49:56|
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あの胸にもういちど

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あの胸にもういちど:LA MOTOCYCLETTE
1967年 イギリス/フランス合作映画 ジャック・カーディフ監督

出演:マリアンヌ・フェイスフル、アラン・ドロン、ロジャー・マットン、マリウス・ゴーリング、カトリーヌ・ジュールダン
音楽:レス・リード

やっと!やっと!の国内初DVD化。大好きなマリアンヌ・フェイスフルとアラン・ドロンの共演した1967年制作映画。原作はフランスの耽美派作家:アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの「オートバイ」。

可憐な少女、60年代ロンドンの華の様な存在だったマリアンヌは、ローリング・ストーンズと一緒に麻薬所持で逮捕、ミック・ジャガーとの恋愛~破綻(身篭もった子供も流産)、その後もドラッグ、アルコール、自殺未遂とスキャンダルの女王様の様に堕ちて行く...そんな時期に制作された作品で、この主人公レベッカ役は御本人と重なり合う部分も多い。平穏な生活を送る妻と、冷酷で魅惑的な恋人ダニエル(アラン・ドロン)の元へハーレーダヴィッドソンで走る、その二面性。黒革のレーシングスーツに着替えるシーンなど、ドキドキしたものだ。

美しい顔立ちと冷酷で神秘的な役のアラン・ドロンの存在も欠かせない。二人の全裸でのラブシーンは、当時は過激すぎるとカットされていたそうだ。幸いにも私が観た時はそのシーンも観る事が出来た。マンディアルグの原作をかなり好きな方は、きっとこの映画には何か不満が残るだろう。でも、この蔓延のお花が匂い立つ様なラブシーンは必見だと思う。原作では感じられない美しさを私は得る事が出来たのは、他でもない美しく虚ろなマリアンヌとアラン・ドロンというお二人だったからだと思う。個人的にこの頃のアラン・ドロンのニヒルな役柄が滅法好き。お二人共に何か翳りの様なものが漂い美しい容姿に影を落とす時期にも思える。そんなヒロインは死へと向かう。(マリアンヌはそこから這い上がって今も凛と健在なのは嬉しい限り。)

名作というよりもカルト作品と言われるものなのかも知れないけれど、ロジェ・ヴァディムの描くシュールさとも違った、哀愁を帯びた映像美は限りなく幻想的で綺麗だ。兎に角、嬉しいDVD化である!特典も色々付いている様なのでワクワクして待とう~★

● デラックス・エディション <初回限定生産>には、オリジナルTシャツ、ステッカーシート、24Pブックレット付等豪華です! ●


  1. 2005/03/18(金) 08:42:56|
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魂のジュリエッタ

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魂のジュリエッタ:GIULIETTA DEGLI SPIRITI
1964年 イタリア/フランス合作映画 フェデリコ・フェリーニ監督

出演:ジュリエッタ・マシーナサンドラ・ミーロ、マリオ・ビスー、シルヴァ・コシナ
音楽:ニーノ・ロータ

暫く絶版(廃巻)だったフェリーニの「魂のジュリエッタ」が再販される事になった。フェリーニの長編でのカラー作品としては最初のものと言われている。主演のジュリエッタ・マシーナは平凡な主婦(妻)。15年連れ添った夫の浮気を知り落ち込み苦悩する。そんな彼女とは別世界に生きる様な隣人のスージー(サンドラ・ミーロ)や、謎の霊媒師や不思議で華麗な人々の登場と共に、次第にジュリエッタは幻想的な世界を垣間見ることになる。そういう中年期の家庭を持つ女性の心理描写がなんともフェリーニらしい煌びやかさで描かれている好きな作品。

「8 1/2」はフェリーニ自身をマルチェロ・マストロヤンニが演じたもので、この「魂のジュリエッタ」はジュリエッタ・マシーナの分身をジュリエッタとして描いたとも言われる。実際に、お二人は生涯連れ添ったご夫婦だったことからも、色々な解釈があるようだけれど、私はとにかく美しい色彩、「色」の強烈なインパクトばかり焼き付いている。サンドラ・ミーロのグラマラスな雰囲気もこの作品ではとても印象強いもの。そう言えば、サンドラ・ミーロは「81/2」にも出演されている。シルヴァ・コシナも妖しい華麗さでお美しい。「ヴォッカチオ」「黄金の七人・1+6 エロチカ大作戦」にも出ていらした個性派美人なお方。

カラー作品と言っても色々。ヴィスコンティのカラー、ゴダールのカラー、ウィリアム・クラインのカラー...どれも私は衝撃を受けた。この様な古い時代のカラー映像と、現在の飽和的とも思えるカラーの印象とは全く異質の美しさ、輝きにうっとり~する。映画の手法とか専門的な事は何も分からないけれど、観る者に「綺麗だ!」と色褪せぬ印象を焼き付ける事が出来る事、それは何て素敵なのだろう!と思う。

そして、ジュリエッタ・マシーナの魅力は何と形容すれば良いのだろう...決して美人女優様でもないかもしれないけれど、少女的というか可愛らしいお方だと思う。「カリビアの夜」「道」でのジュリエッタ・マシーナの素晴らしさは言うに及ばずという名作。あの可憐な瞳と表情がとても好き。


  1. 2005/03/17(木) 03:12:37|
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叫びとささやき

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叫びとささやき/VISKNINGAR OCH ROP
1972年 スウェーデン映画
【監督】
イングマール・ベルイマン
【出演】
イングリッド・チューリン
ハリエット・アンデルセン(アンデション)
リヴ・ウルマン
カリ・シルヴァン

久しぶりに「叫びとささやき」を観た。初めて観たベルイマン作品は「ある結婚の風景」だった。でもまだ幼すぎて意味が分からず感動したとも何も感想が言えないのでまた観てみたいと思う。この「叫びとささやき」は20代になってから観たものでとても衝撃を受けた作品だった。何故今、またこの作品を再度観たくなったのかは分からないけれど、再びおののきと慈しむ心の尊さを痛感した。

屈指のお気に入りの女優様のお一人であるイングリッド・チューリンは長女のカーリン役。ヴィスコンティ作品で初めて知った女優様で一目で好きになった。この作品をここで先ず選んだのはあの言葉を押し殺したささやきと、姉妹間の情念、愛憎、愛の不毛を気高くいながら神経症的なまでに表現出来るお方は他にはいないと思うから。この作品は3姉妹と召使いの女性の4人の女性の心の描写をえぐり出すものだ。

冒頭の古い大小の時計が映し出されその音に「ハッ!」とする。次女のアグネス(ハリエット・アンデション)の死期が迫っている事や、その家族のこれまでの時を刻んできた証人でもあるのだろうか?とても印象的な冒頭だ。そして、舞台となる「お城」の室内の至る所に「赤」が在る。そして、カメラも「赤」がフェイドインとフェイドアウトを見せる。ベルイマンの製作前の幻想の「赤い部屋に三人の女性がいる。彼女たちのささやきは白い。」というイメージに基づいて製作されていったそうだ。私は世代的にベルイマンの作品はカラーから観る機会となったので、後に遡って白黒作品たちを観ても、どうしてもこの「赤の衝撃」が焼き付いてしまっている。ちなみに、ウディ・アレンはベルイマン・ファンで有名だけれどあの秀作!「インテリア」はこの作品からインスパイアされたと何かで読んだことがあり、「なるほど~!」と思う事が出来る。そう!私がベルイマン好きになったきっかけにはウディ・アレンの存在は欠かせない。

北欧の白く美しい自然風景の描写、19世紀から20世紀辺りの衣装や家具や装飾品にも見とれてしまうのだけれど、「うっとり」見つめる暇など無いのだ。癌に蝕まれ死期の迫るアグネスの痛みに耐える表情とあの叫び!その悲痛な叫びや嘔吐に姉妹は何も出来ないでいる。ただ一人、召使いの女性アンナ(カリ・シルヴァン)は静かに胸をアグネスの顔にやさしく当てる。まるで母の胸に眠る少女の様にアグネスは落ち着きを取り戻す。この作品にはベルイマン作品には書かせないそれぞれが素晴らしい3人の女優様が共演している。三女のマリーヤ(回想シーンで出てくる美しい母親役の二役)を演じるのはリヴ・ウルマンだ!イングリッド・チューリンとは対称的な個性そのままに役柄も対称的。最も母に愛されていたと姉妹たちは子供の頃から嫉妬していた。美しい母といつも笑い合っていた明るい性格のマリーヤ。そんな彼女もまだ愛に満たされてはいなかったのだけれど。

作品について色々書くととても長くなってしまう。ここに登場する4人の女性はどなたも素晴らしい存在感と演技力で息をのむ。ぼんやりと眺める余裕すら与えてはくれないヒリヒリした心理描写と美しい陰影で一気に見終えてしまうのだから。中でも絶対的に忘れられないシーンが再度観て私の胸に突き刺さった。それはイングリッド・チューリンならではの名場面!年老いた夫との倦怠的な愛にうんざりしていた。そんな気持ちと久しぶりに戻ってきた生家での滞在中での姉妹間の心に秘め続けてきた愛憎がピークに達したのだろうか?夫婦で晩食中、ワイングラスを倒してしまって割れてしまう。その割れた破片を一つだけ寝室に持ち帰る。「つまらない嘘よ!」と自分の性器にそのガラスの破片を突き刺すのだ!その痛みを堪えながらもそのある屈折した恍惚感の様な表情でベッドで夫を迎える。品の良い綺麗な白いネグリジェは出血で真っ赤...その血を手に取り自らの顔に付けて笑う。ただ、見ているだけの夫...こんなシーンの意味は初めて観た時は理解出来なかったのだ。そして、あの夫に向ける冷笑の毒々しい美しさはイングリッド・チューリンにしか出来ないと思えてならない。 壮絶なシーンである。ハリエット・アンデルセンの苦痛のシーンも凄まじいけれど、全編に「赤」を必要としたベルイマン。当然、赤には血というイメージも在るだろう。しかし、グロテスクさは微塵も感じられないのだ。人間の心の奥底に潜んだ情念や怨念の部分を映し出しながら、その心の迷いや闘いの果てには光が待っているのだから。それを決定的に印象付けて終わるラスト・シーン。涙すら忘れてしまっていたのに、とても穏やかな涙が溢れ出すのだった。優しい召使いのマリーヤは毎朝、亡き子の写真を前に神に跪き祈る。そのマリーヤがアグネスの形見として大切にレースに刳るんでしまっていた日記に記された言葉が流れた後のある活字。

「こうして、ささやきも叫びも沈黙に帰した。」と。

ある強迫感や心的圧迫による心の恐怖、孤独や苦痛ばかりではなく、輝ける穏やかな幸せもあることを教えてくれるのだ。それが人生なのだと。だからこそ、闇の持つ意味があると思えるのである。

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  1. 2004/12/22(水) 12:23:31|
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ラ・パロマ

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ラ・パロマ/LA PALOMA 1974年 スイス/フランス合作映画
監督:ダニエル・シュミット 撮影:レナート・ベルタ
出演:イングリット・カーフェン、ペーター・カーン、ビュル・オジェ、ペーター・シャテル

初めて観たのは今から10数年前。同じ頃「今宵かぎりは」も観る機会が有り、それ以来このイングリット・カーフェンはお気に入りの女優様なのだ。そして、監督のダニエル・シュミットの魔法の様な映像にクラクラしファンになった。私の好きな題材が各所に散りばめられていて宝石の如く暗闇に輝く。カーフェンの特異な美貌はただ美人なだけでは無く耽美的、かつ退廃的なものが備わっている。この映画の中では特に目の演技が印象的だ。妖艶さも毒気も過剰では無い。でも時に冷淡な眼差しを向ける。痩身で美しい背中が広く開いたドレスを纏い歌うシーン。その歌は「上海」だ。黒と白、どちらもお似合い。その綺麗なシルエットでゆっくりと階段を下りるシーンなどウットリする。優雅で甘美という言葉が最もピッタリな女優様だと思っている。

この「ラ・パロマ」は少し「椿姫」を想起させるものがある。夫:イジドール(ペーター・カーン)の一生涯の忠誠を誓った理解を越えた大きな愛。ラ・パロマ(カーフェン)は夫の友人に恋をする。彼に一緒に連れていって!と願うがそれは出来ない事だった。その後、彼女は部屋に閉じ籠もりメイドのアンナとしか口をきかなくなる。そして、毒薬学の本を基に何やら調合して独自の美顔薬を作る事にだけ興味を示す様に。しかし、元々「あと2週間の命」と宣告されていた娼館の落ちぶれたスターだった彼女を、イジドールの大きな愛の力で回復したのだった。愛の忠誠を誓ったのに、信じていたのに叶えられなかった事で彼女は復讐的な計画を始める。それは死を持って。瀕死の床で真っ白なドレスに真っ黒な十字架を持つヴィオラ(ラ・パロマ)が最後の言葉、約束を誓わせるシーン。死後、3年後に遺体を納骨堂に移してほしいとの遺言。約束通り3年後にその棺を掘り出し蓋を開けた瞬間!このシーンがとても大好きだ。生きていた時と全く変わらない姿だったのだ(そんな美顔薬が欲しい)。しかし、その変わらぬ美しい妻の遺言を実行するにはその身体を切り裂かねばならない...これ程までに怖い、残酷な復讐があるだろうか。純粋に愛を貫いて来たイジドールはその約束を果たす為に泣きながら途中からは狂気に至ったのか?!高らかな笑い声を上げながら。その声に合わせてヴィオラの笑う声も。相反する笑い声だ。美によって復讐される瞬間。ホラーでは無い私の好きなゴシック感覚がこの辺りによく表れている。

後、忘れてはならない名場面というのは二人が結婚式の後アルプスの山上でデュエットするシーン。監督がオペラ好きだと言うこともあり、こういうセンスは抜群だと思う。数少ない二人が幸せな面持ちのシーンだ。虚構の愛はいずれは破綻する。また、虚構だからこそ描けるものもあるのでは?この映画を観ていると夢の世界が映像化(視覚化)されたのだ!と思ってしまう。最初の方に「空想の力」と活字が現れる。それはある啓示の様でもある。時折現れるその象徴の様な天女というか女神の様な存在(男性とも女性とも思える)は花のミューズの様だ。そう!この映画は室内は極めて暗く、その陰影は微睡む程美しい。そして薔薇などのお花の鮮やかな色彩が、貴族のお屋敷の家具や装飾品、衣装達と共にあまりにも綺麗に映えるのだ。やはり、シュミットは"映像の魔術師"である。そして、それらの美しいカメラワークの担当者であるレナート・ベルタ。彼の手腕はアラン・タネール、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、エリック・ロメール等の作品でも堪能出来る。私の最も好きな撮影才人でもある。そして、この「ラ・パロマ」はかのルキノ・ヴィスコンティも大賛辞を送ったそうだ。これまた私には悦ばしい事である。

イングリット・カーフェンの歌も好き。カーフェンは嘗てダニエル・シュミットとライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと共に劇団の様なものを設立した。そして、ファスビンダーと結婚(3年だけだが)。この二人の監督の作品に数本出演している。しかし、どちらもなかなか安易に観る事が出来ない現状。タイプはかなり違うけれど、ファスビンダー作品というとハンナ・シグラも欠かせない。そして、もう一つ、この「ラ・パロマ」が好きな理由はイジドールの母親役に扮するビュル・オジェが出ている事。私の好きな女優様達は皆それぞれ誰とも比較出来ない魅力が有る人ばかり。

「美しく穀然と、時には仮面の様だった。」とイジドールがヴィオラの美を幸福そうに友人のラウルに語る。正しく、カーフェンの美はこの台詞通り。そして、「あなたにいつまでも思い出を。」とあの花の女神(フローラ)が告げ幕は下りる。耽美的でノスタルジックな余韻を残して。イマージュの連鎖の成せる技。なので決して陰鬱な後味では無い。逆にとても気分が良いのだ、私には。気怠く眠くなる方も居られるだろうがそこも魅力。それにしても、このラ・パロマ役はカーフェンで無ければこれ程までの艶やかさを映像に残すことは出来なかったと思う。監督のキャスティングも見事なものである。

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  1. 2004/07/11(日) 07:32:32|
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イーディ:チャオ!マンハッタン

チャオ!マンハッタン チャオ!マンハッタン
監督:ジョン・バルマー、デビッド・ワイズマン出演:イーディ・セジウィック、ウェスリー・ヘイズ、イザベル・ジュエル、ロジェ・ヴァディム、アレン・ギンズバーグ、クリスチャン・マルカン (1971年・アメリカ映画)

EDIEあるいはEDITHという女性を知った時、既に彼女はこの世を去っていた。でも、何か掻き立てられるものを感じてしまった。それは在る一枚のモノクロームな写真だった。か細い身体でショートカット(後に銀髪と知る)、レオタードタイツ姿があまりにも美しく、その長い足に見とれた。イーディーなるお方って?その可愛い笑顔でダンスするお写真に息を呑んだ。後に大好きなパティ・スミスも彼女の影響を強く受けていることを知り、さらに気になる存在に。(存在していたというのが正しいのだろう。しかし、私の中では今も生きている。)そのお写真はモデル時代Vogue誌のもの、60年代だ。私はお部屋でこっそりとポーズを真似たりしていた。「こんなにダンスって楽しいのかな?」と。ディスコやクラブという場所を知らない少女期の衝撃だった。

そして、その後もイーディーに関する書籍を読んだりしているとアンディ・ウォーホルのファクトリーのミューズだったと知る。60年代を突き抜けたお方が此処にも居たのだった。ドラッグに溺れ身体をボロボロにしていく。当然お仕事も無くなる...荒んだ生活と精神。それでも、綺麗だった、可愛かった。ドラッグと精神病院を出たり入ったり、そんな時期にかのヘルス・エンジェルに拘わったりと散々な日々を送る彼女に久しぶりにお仕事がやって来た。それがこの「チャオ!マンハッタン」だ。内容はどうだろう?セックスとドラッグに溺れて破滅への道を歩んでいるイーディーそのものという感じ。後味は決してよいものではなかった。でも、ただ笑うイーディーの顔が忘れられない、綺麗だから。でも、もう待ち受けるものは「死」しか無かった。そんな破滅していくイーディーをドキュメンタリー然と捉えた監督は凄い!でも、1971年制作なのに発表されたのは1982年になってからと暫く封印されていた。

1971年7月にこの映画で知り合った青年とカリフォルニアで結婚生活を送る。幸せな日々は束の間...1971年11月に他界。死因は睡眠薬の多量摂取からだと。陽に焼けた白いウエディング・ドレスを着て幸せそうな笑顔のお写真、これもまた私の脳裏に焼き付いたまま。ウォーホルやディランの寵児であり60年代を体現していた一人の女性。60年代半ばのN.Y.アンダーグラウンドのアートシーン、ポピズムの女神だった。ウォーホルは語っていた「イーディーは片時も静止しない。眠っている時でさえ両手を大きく広げて動かしているんだ。すべてがエネルギーって子だった。」と。そんなイーディーをカメラに写すウォーホルは楽しくて仕方なかっただろう。しかし、普通の生活には障害と成ることが多かったのではないだろうか?なので、駆け抜ける様に28歳の若さで美しいままこの世を去ったのかも...。

ファクトリーのスーパースター達はみんな魅力的だ。ニコもその一員だった。でも、それ以前に、イーディ・セジウィックは時代を作ったのだ。本人のお気持ちは分からないけれどそういう宿命の下にあった稀なる存在だったと思える。華やかな時期のピークは1965年前後だろう。それでもなお、当時を知らない私でも心に刺さった何かが今も取れないままなのだ。此処にもある種の「美」と「運命」に呪われた宿命の女性を見てしまう。


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  1. 2004/07/11(日) 04:16:27|
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暗殺の森

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暗殺の森/IL CONFORMISTA
1970年 イタリア/フランス/西ドイツ合作映画
【監督】
ベルナルド・ベルトルッチ
【出演】
ジャン=ルイ・トランティニャン
ドミニク・サンダ
ステファニア・サンドレッリ
ピエール・クレマンティ
ジョゼッペ・アドバッティ

私の趣味のサークル"BRIGITTEの会"の会報誌にもドミニク・サンダ(普段ドミニク様とお呼び敬愛しているお方)作品に付いて書いた。まだ観ていない作品もあるけれど観たものは全て!好き。絶対的な私の理想の"美"が集結していると断言できる。大好きなヴィスコンティ作品、このベルトルッチ作品(「1900年」も)で決定的な出会いをしたと勝手に思っている。私はフランス映画と同じくらいにイタリア映画が好き。その傾向は歳を重ねる毎に強まる様なのだ。このベルトルッチ監督はパゾリーニ監督とも親交が深かったそうで、初期の「殺し」は本来はパゾリーニ作品となる予定だったと伝え聞く。

さて、この「暗殺の森」を初めて観たのはTVでだった。その番組名もチャンネルも覚えていない。吹き替えだったのかも知れない。しかし、小学6年生の時、TVで「愛の嵐」を隠れる様に息を呑んで魅入ってしまった私はその愛するランプリング様を超える存在となるお方を知ってしまった。この衝撃は大きい!革命や政治運動というものに興味があった高校生の頃。そんな私にタイミング良く現れて下さったとも。この映画のファンの方々は有名な二つのシーンを即想起されるであろう!一つは、ステファニア・サンドレッリと美しいドレスを纏い舞踏するシーン。この優美で退廃的な美、香るレズビアンな空気。もう何度も観ているけれどやっぱり大好きなシーンだ。そして、もう一つは雪の中で暗殺されるシーン。後にドミニク様自らのインタビューで読み知る事が出来た事だけれど、あのシーンを撮影中、とてもイライラしていたそうだ数日間。そして、あのシーンの瞬間あまりにもショックでその異常さにスタッフ達も駆け寄った位のものだった。しかし、監督はそのまま撮り続けたのだと。演技を超えた瞬間だったのだろう!そんな事を知りますます震え立つものを感じるのだ、このお方には。娼婦から左翼インテリ女性を演じきった。誰がこの時18歳だったと信じるだろう!あまりにも早熟だ。あのシーンは戦慄の瞬間というのだろうか?勿論、ジャン=ルイ・トランティニャンの存在は大きい。彼女が血塗れで殺される時、あのクールな態度は印象的だった。初めは「何て!卑劣な人。冷酷な人。」と怒りが込み上げたものだ。しかし、あのシーンは脱落していく虚無の表れだったと。見事なトランティニャン!

原題の「IL CONFORMISTA」は体制順応主義者。ファシズムとコミュニズムの狭間で揺れ動く孤独なファシスト:マルチェロの心の動き。イタリアの一つの時代、反ファシズム闘争が幻想に過ぎず崩れていく様をこれ程までに美しく描いた作品を名作と呼ばず何と呼ぶのだろう?「ラストタンゴ・イン・パリ」と双璧を成すであろうベルトルッチ監督の60年代末から70年代作品の代表作である「暗殺の森」。しかしながら、私はドミニク様ばかりを追いかけてしまう。それはどの作品でも同じ。「1900年」のドパルデューの評価は巷でも高い、素晴らしい俳優さんだろう。しかし私は苦手...なのに好きな作品に多く出ている...困る。「1900年」はとっても長編作なので忍耐力が必要だったけれど、ドミニク様が現れると色彩がさらに美しさと陰影を増すのだ。白馬に乗り森を颯爽と駆けるお姿。高貴さと狂気が迸る奇妙な瞬間は嬉しくて仕方が無いくらいだった。

依怙贔屓たっぷりな素人感想文ながら、今後も登場回数は多いお方だと思う。存在が"美"なのだ!私の一等大好きな女優さま!誰も超える事は出来ないのだ。ブルジョワの気高き気品と反逆者でもあるかの様なあの眼。細すぎず決して豊かではない綺麗な肢体。そして波打つ長く美しい髪。完璧なる顎の線、ロマンティシズム溢れる眉、知性溢れる額、凛々しい口元....どこもかも全てが大好きなのだ。私の大切な美の世界に君臨するドミニク様を永久に愛す!

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  1. 2004/07/11(日) 03:56:55|
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