★音楽と映画の宝石箱★ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡☆愛してやまない世界に愛を込めて♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

映画『STRIP-TEASE』 に出演していたニコ(NICO)

STRIP-TEASEcinemachouchou

『STRIP-TEASE』(1963年・フランス映画)にアリアンという役で出演していたニコ。まだクリスタ・ニコとクレジットされていた頃のもの。私はyoutubeを長時間観るのが苦手ながら、少しでもこの映画の中のニコのお姿を拝見できることは嬉しいので、お気に入りに入れている。モノクロームでまだお若いニコのお姿と、素敵なセルジュ・ゲンスブールのモダンな音楽、ダニー・サヴァルも出演されている。監督はジャック・ポワトルノ−。

「STRIP-TEASE」の映像(1)です。
「STRIP-TEASE」の映像(2)です。

※もしも、このシングルで音楽デビューしていたなら、またニコの人生も変っていたかもしれない。運命のいたずらというのか不思議な巡り合わせやすれ違いを想う。この映画の2年後、1965年にニコは英国・ロンドンよりシングル『I'm not sayin' I'll be true』でデビューする。ギタリストにはジミー・ペイジが参加している。また、この英国デビューのきっかけは、ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズだそうで、後の来日時のインタビューでニコはその時(1965年)にブライアンから薬物を教わったとも...あれあれ...☆


  1. 2008/01/20(日) 18:41:33|
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『少女の唄』 NICO:ニコあるいはクリスタ・パフゲン

「クララの森・少女愛惜」へ♪



  1. 2007/10/18(木) 08:36:01|
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ニコ・イコン

ニコ・イコン ニコ・イコン:NICO ICON
 1995年・ドイツ映画 
監督:スザンネ・オフテリンガー  出演:ニコ、 エディット・ブローニュ、アリ・ブローニュ 、ジョン・ケイル、ティナ・オーモン、ジャクソン・ブラウン、ニコ・パパタキス、アラン・ワイズ、ポール・モリセイ、ビリー・ネーム、ヴィヴァ

もうすぐ、アラン・ドロンが出演された番組の放送日。26日に下の記事を綴った後から私の心がざわめき始めた。番組を観てからにしよう...などと思ったりしていたのだけれど、取り合えず今の気分を少しばかり。私が好きなものは繋がり過ぎていて時に、このように複雑な心境になることがある。番組の日程を調べたニュース記事の中に以下のような文章を読み連鎖される個人的な感情。

「調理中のトークでは「私は女性のおかげでこの世界に入れました」などと、往年の二枚目スターらしく女性の話題を連発。若さの秘訣について木村拓哉(34)から聞かれると、「若くいるには女性と付き合うこと」と返し、木村が「はい!」と即答する一幕もあった。」(IZAニュースより)

それまで、ウキウキしていた私はだんだん滅入ってしまって泣いてばかりいた日があった。今は随分と頭の中も気持ちも落ち着いて来てはいるものの、まだ...。アラン・ドロンは私が最初に好きになった外国のアーティスト、それも家族との想い出が付随している。それは小学生の中学年頃からのこと。それから年月を経て音楽が大好きになってしまった。ジョン・レノン、デヴィッド・ボウイというとんでもないアーティストを知ったことから始まる。そして、その早い時期にマリアンヌ・フェイスフルニコを好きになり、これらのアーティスト達は今でも大好きでたまらない。ジョンとニコはもういないけれど。アラン・ドロンも好きでニコも好きな私はどうすればよいのだろう(どうもしなくてよいのだけれど)...。ざわめく心は映画『ニコ・イコン』を再見する衝動へと向かわせた(向かったのだろう)。”もう一度、よく観て!”と誰かに呼ばれたかのように(私の心の中のもう一人の私なのだろうか...こういう偶然的なことは理屈では言えない)。

このドキュメンタリー映画はニコの死後に製作され、日本では1997年に公開された。小さめのその映画チラシ(どこかにファイルしてあるけれどまだ探していない)を頂いた時から楽しみにしていた。そのチラシの中に、町田康(町蔵)のコメントが載っていた。「アラン・ドロンはブタだ!」と。この言葉はショックだったけれど、直ぐに連想されることにより観る前から複雑な面持ちで鑑賞した映画となった。

アラン・ドロンの大ファンのお方は男性も女性も多い(私もだ)。ニコもロミー・シュナイダーも優劣などつけられない位に大好きな私はちょっと違うのかも..。アラン・ドロンのヒストリーの中で多くのアラン・ドロン・ファンのお方達は一行程の記録のようにニコの名が掲載されるのがほとんど(また、ニコが大好きお方達はドロンを毛嫌いされる方も多い)。でも、私はとてもとても大きな意味を持つ。ドロンの映画に嫌いな作品は一つも無いのは正直な気持ち。そして、アラン・ドロンの非情さ(これはある種の美学でもあるのかもしれないし魅力だとも思う)が作品の中で冷ややかにリアルに伝わるあの空気に通じるものなのだろうか...などと考える。アラン・ドロンのこの喜ばしき出演記事から繋がり絡まる頭の中を整理し、自分の日記としても連想されることなどを綴っているようだ。『あの胸にもういちど』で共演したマリアンヌ・フェイスフルは、同じ時代を生きたニコに何かしらの親近感を持って過ごしてきたけれど共演することはなかった。でも、「Song for NICO」というニコに捧げた曲を歌われた。その楽曲が素晴らしいだけでなく、私の好きな人達のこれらの宿命的な出会いなどを想い沁み入る曲でもある。その歌詞の中に以下のようなものがあり、その歌詞から私はまた複雑な納得のいかない心境へと導かれ、今も変わりはしない。

And now she doesn't know
What it is she wants
And where she wants to go
And will Delon be still a cunt.
Yes, she's in the shit, though she is innocent.

アラン・ドロンは未だにニコとの間の息子アリを認知してはいない。それはそれ...。非情さという点で、ドロンは実の自分の母親(エディット・ブローニュ)に”赤ん坊(アリ)を選ぶか俺を選ぶか”と究極の選択を問う。そして、ドロンの母は、ドロンはもう立派に自分で生きていけるけれど、この小さな赤ん坊はひとりでは生きてゆけない。ニコは聡明で美しい娘だけれど、あのこに子供は育てられないと、孫アリ君を育てることを選んだ。よって、それ以来、ドロンと母との関係も絶縁された。そこまで封印したい理由はドロンにしか分からないこと。ニコは結婚したがっていたけれど極度のジャンキーなボヘミアンなお方(最期はコカインを買い求めて死んだという言及もあるけれど、この映画の最後に成長したアリ(アリ・ブローニュ)が登場しコメントがある。ニコの最期の僅かな期間だけはドラッグを絶った生活だったと。私も本でそのように読み、1986年と1988年の2回の来日公演でのニコの違いは美しい想い出でもあるので、最期までハッシシを買い求めて...という説は信用してはいないのです)。

※他にも色々繋がり過ぎるので、BRIGITTE内のコンテンツのあちこちで追記予定です。全て私の想いですので、間違ってることや何かご意見がございましたらお気軽にコメントなどください。よろしくお願いいたします♪



  1. 2007/10/04(木) 11:36:59|
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NICO/THE END(ジ・エンド)

2006-08-13.jpg
ニコ:NICO「ジ・エンド/THE END」
1974年


思春期に感銘を受けた(時にあまりにも大きな衝撃、ショックとも)ヴォーカルたち。それらが20年以上経った今も私を捉えている。とても嬉しい事に思う。ニコ、NICOというアーティストも今も私の心の住人であり続けている。音楽の不思議な魅力のひとつ。ご本人はもうこの世には存在されないのだけれど...。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドより先に私はニコのアルバムを聴いた。その最初の出会いはこの「THE END」。日本盤で入手可能な作品はこの再発盤だけだったのだ。音楽雑誌で何となく少しの予備知識やイメージは持っていた。しかし、そんなものはどこかにふっ飛んでしまった、ドカ〜ン!っと。直ぐに好きになるとかその様な感覚ではなかったと思う。ただ、今までに聴いたことの無い世界、お声の圧倒的な存在に慄いた。ドアーズの「ジ・エンド」がアルバム・タイトルでありニコがカバーしている。ドアーズのオリジナルの方は、ラジオで「サイケデリック・サウンド特集」のような番組がありエアチェックして聴いていた。でも、ドアーズよりもずっと、ずっと、私はニコの歌う「ジ・エンド」が好きだと思い、今も変わらない。ニコはジム・モリソンと仲が良かったと伝え聞く。追悼の意も込めて愛を込めて自分の歌にしているように思う。

ニコの「チェルシー・ガール」を後で聴いたので、そのギャップに驚いたものだ。ニコのバイオグラフィー的なお話をすればもっと長くなるのでまた追々、各所にて。アンディ・ウォーホルのファクトリーに出入りしていた頃、ヴェルヴェッツの1stアルバムで3曲ニコのヴォーカル曲が聴ける。後に、当時のニコのお話をモーリン・タッカーが、「それはとても綺麗だった。」と回想し語っていた。その頃のニコは、白いパンツスーツと同じく白に近いブロンドの髪の色だった。うっとりする程美しい!ニコが好きになり、古いアルバムや出演した映画(ウォーホルや、フェデリコ・フェリーニやフィリップ・ガレル作品など)を古い年代順に視聴してみた事があった。髪の色がだんだんダークになり、ファッションも黒に。ニコは神秘的な巫女のようにも感じたりしていたけれど、とてもその時、その時に身を委ねながらも、実に素直なアナーキストのように思えた。ミステイクも傍らに。

あのハーモニウムの音色と共に今も目の前で歌うニコの来日が甦る。ニコの英語の発音は歌い易いので勝手に声が出ていた(私はとても歌が下手なのだけれど)。そして、あんなに嬉しい時間をライブで体験した事は数えるくらい。嬉しいという表現は違うかな?見つめながら、歌いながら、最後まで泣いていた。幸せな時間だった。死の少し前の2度目のライブは大きなホールで旧友のジョン・ケールが一緒だった。長い髪を三つ編みにしてスタンドマイクで歌ったニコ。私のこの2回のニコのライヴは永遠だと思う。生きながらも伝説化されがちだったニコだけれど、とても凄いオーラはあるけれど、人間だった(当たり前だけれど)。あの美しいお顔もむくれ、体型も崩れ、ドラッグ漬けのニコを何度も嫌いになろうとした私。なのに、今でもどうしようもない位に大好きで、今も何を書いているのか分からない程。あの三つ編み姿で歌ってくれた「レニー・ブルース」。清楚な綺麗なニコだった。そして、死とずっと隣り合わせに居たようなお方なので、その死の訪れも早かった。自転車に乗ってお買い物をするニコになっていた時間はそう長くはなく...。

ニコの音楽、ヴォイスは祈りのよう。時に厳しくもあまりにも優しい崇高な世界。ニコの本名はクリスタ・パフゲン。ドイツ人だけれどトルコとロシアの血が流れている。そして、ニコは生涯放浪の人のような生活。なので、無国籍な雰囲気が漂っていた。そして、いつも孤独だった(のだと思う)。でも、歌(詩)でその孤独を表現する才能があった。なので、生まれ持った美貌はある時、とても邪魔に思っていたのではないだろうか?...と思うことがある。孤独な傷を負った少女は天から授かった美貌を武器に変える事を早くに放棄した。ニヒリストなカッコイイ戦う姿が浮かぶ。イギー・ポップがパンク・ロックの父だろう!ニコはゴシック・パンクの母的な存在だと思う。ニコは自らの音楽を「ゴシック」と語っていたことを思い出した。



  1. 2006/08/13(日) 09:22:58|
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