
永遠の銀幕の妖精!オードリー・ヘプバーンにルキノ・ヴィスコンティ監督は出演依頼をしていた。かの
『家族の肖像』のビアンカ・ブルモンティ侯爵夫人の役。ヘルムート・バーガーが愛人役★オードリーは、「いい年をして若い愛人がいる」という設定が気に入らず断ったそうだ。
ヴィスコンティ監督は怒り、「彼女は、いまだに
『ローマの休日』のアン王女のイメージを追い続けている!」と仰ったという。
役者さんにも様々なタイプがあり、色んな役に挑戦したい、演じてみたいという方や、自分のイメージや信念に反する役は断固として断る方とか。オードリーはもうお一方の巨匠ヒッチコックの出演依頼も断っていて、当然ヒッチコックも激怒し決裂してしまった...既に作品の企画が進んでいたそうなので、こちらは私は観てみたかったなぁ〜と思ったりする。でも、ブルモンティ夫人はシルヴァーナ・マンガーノで良かったと思う。というよりも、あの美しくも頽廃的な身勝手ぶりが魅力なのでオードリーだと作品も、永遠の妖精もかなり違ったものになっていた様に思える。
- 2006/07/04(火) 22:59:51|
- ルキノ・ヴィスコンティ|
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「デカダンス、もはや決まり文句になってしまった言葉だ。不健全なことを言う意味に使っている。しかし、本当のデカダンスとは、芸術を理解するひとつの方法なのだ。」 by ルキノ・ヴィスコンティ
★一等大好きな監督さまであるヴィスコンティがデカダンスを語るのだ。これ程、簡潔で説得力のある言葉はないように思う。頽廃美にくらくらする世界。ここでは、ヘルムート・バーガーの一世一代の壮絶なる名演が堪能出来る「ルードウィヒ/神々の黄昏」を。嗚呼!美しすぎる。
「ルードウィヒ」:LUDWIG
1972年 イタリア/西ドイツ/フランス合作映画 ルキノ・ヴィスコンティ監督
出演:ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー、シルヴァーナ・マンガーノ、トレヴァー・ハワード、ソニア・ペトローヴァ、ジョン・モルダー=ブラウン
- 2005/06/07(火) 07:50:55|
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「山猫」:IL GATTOPARDO
1963年 イタリア/フランス合作映画
ルキノ・ヴィスコンティ監督
出演:
バート・ランカスター、
アラン・ドロン、
クラウディア・カルディナーレ、
ジュリアーノ・ジェンマ、オッタヴィア・ピッコロ、
ピエール・クレマンティ、セルジュ・レジアニ
音楽:
ニーノ・ロータ一等大好きな映画監督さまというと躊躇無く「
ルキノ・ヴィスコンティ!」な私はきっと生涯変わらないだろう!どの作品も素晴らしいとしか言えないけれど、まだヘルムート・バーガーが見出される前のヴィスコンティ・スターは
アラン・ドロンだった(その後凄い勢いで世界的スターとなっていく)。前回から続いての
アラン・ドロン作品なのだけれど、まだ20代後半時の顎の線などとてもシャープでキリリとした美麗なお顔が堪能出来る1963年の「山猫」を。
ヴィスコンティ作品では1960年の「若者のすべて」に続く出演作の
アラン・ドロン。アメリカの
バート・ランカスター、イタリアの
クラウディア・カルディナーレ、そしてフランスの
アラン・ドロンという3人が主要な役柄。他にも、
ジュリアーノ・ジェンマや
ピエール・クレマンティという豪華な顔ぶれが並ぶ。
貴族社会を充分にご存知なヴィスコンティならではの視点。この映画では貴族の没落してゆく悲哀、シチリアの庶民達、立ち上がる独立運動の勢力を美しく描いている。野性的なイメージだった
バート・ランカスターや
クラウディア・カルディナーレ、さらに
アラン・ドロンは貴族の世界とは程遠い貧しい生まれのお方。しかし、ヴィスコンティ映画の中ではどなたも素晴らしく優雅で煌びやかなのだ。ヴィスコンティが"赤い貴族"と呼ばれるのも分かる。彼の視線はいつも活力のある生き生きとした人々に向かう。なので、
アラン・ドロンはよく貧しい育ちの事や教養の無さを指摘されて来た様だけれど、人間はそういう事で測る事など出来ないのだ。神様はそんな
アラン・ドロンに絶世の美男子としての容姿を授けられた。そして、ただ美しいだけではないどこか翳りのある役柄が多いのはその内面から滲み出るものなのだろうとも思う。それにしても、ヴィスコンティは見事なキャスティングだ、どの作品も。完璧!なのだ。それは映像美術として全て。
バート・ランカスター(「家族の肖像」も素晴らしい!)演じるサリーナ公爵はヴィスコンティの分身(化身)という見方も出来る。とにかく豪華絢爛な大舞踏会のダンスシーンは圧巻!!映画館で観たのはもう20年以上前なのに今も目に浮かぶ...このような映像美を越えるものは無いと思う(個人的ながら)。
ようやくこの3時間強(ヴィスコンティ作品は長編大作が多い)の完全イタリア語版でのDVD化が決定した。古びても鮮やかな記憶がまたさらに華麗に甦るのだと思うと感無量!
- 2005/04/15(金) 05:17:44|
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地獄に堕ちた勇者ども:LA CADUTA DEGLI DEI
1969年 イタリア/西ドイツ/スイス合作映画
監督:
ルキノ・ヴィスコンティ 出演:
ダーク・ボガード、
イングリッド・チューリン、
ヘルムート・バーガー、ウンベルト・オルシーニ、シャーロット・ランプリング、ヘルムート・グリーム、ルノー・ヴェルレー
大好き!という言葉では足りない位に大好きな映画。ややブルー気味だった私は偶然この映画がTVで放映されているタイミングに遭遇してしまった。もう10回以上は観ているだろう。それでも、この偶然飛び込んできた映像から逃れる訳にはいかないのだった。お陰様でブルーな気分はすっかり落ち着いたものへ。しかし、気分爽快!になれる作品ではない。ただ、この様な滅びの美学に滅法弱い私は安堵する。
これはここでの覚え書きとして書くには大層長くなりそうなので、またいずれ「映画の宝石箱」の方で綴りたいと思っている。兎に角、全て凄い!ヴィスコンティ贔屓というか一等好きな監督様。この作品で
ヘルムート・バーガーを知った。あなたの一番好きな男優は?と訊かれたならば、即答で「ヘルムート様!」と答える私は10代から変わらない。好きな俳優様方がズラリ〜と揃っている。うっとり。
それにしても、ヴィスコンティの眼差しはナチスを美化するものでは決してない!しかしながら、不謹慎ながらもあの将校姿に魅了されてしまう。ヘルムート様の倒錯したあの様な役柄はハマリ過ぎ!
いけない。こうしてヘルムート様の事だけでもうこんなに書いている。好きな場面は多すぎるのでまたゆっくりと。私の心の中の大切な引き出しの中に長年(否、きっと永遠に)しまってある様な核的な作品の一つであるのだと思う。
心の平静さは取り戻せたけれど、全くお仕事の出来ない一日となってしまった。そんな作品をお昼間に放送しないで欲しい...でも、幸せだった。
※2005年に覚書として書いたものなので、また追記予定です★
- 2005/02/08(火) 17:49:32|
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この作品はいつ、何年経っても「素晴らしい!」。でも、困った事に私はヴィスコンティ無しでは生きていけない位に常日頃から離れないのだ、各作品の各シーンが。10代,20代,30代・・・ときっと一生離れないであろう「美」の結晶の様な存在。
ルキノ・ヴィスコンティは一等大好きな映画監督である事は変わることは無い。しかしながら、そんな大好きなお方の作品を語るのは難しいのだ。鑑賞した作品は全て好き。でも、今回この有名な「ベニスに死す」について先ず、何か綴っておきたいと思ったのはあまりにも
ダーク・ボガードの内面演技の素晴らしさに驚愕せずにはいられない新鮮な感動を得たから。また年を重ねる毎に違う感動が得られると思うけれど。初めて観た時は10代。当然の如くビョルン・アンドレセンの美しさに卒倒しそうになり釘付け!息を呑む様な
美少年にただただ魅入ったものだ。今も永遠の美として焼き付いている。
さて、この作品を何度観ているだろう?好きな作品は思い出した様に幾度と観る気質故、とてもその間隔にムラが有る。遂先月久しぶりに観る事になり、その感動は今までのものを継続していながらも何かが違う...「死んでしまうくらいに美しい!」と真面目に思ったのだ。私は自分でもハッキリとは分からないけれどロマン派に影響されてきた様だし、どうしてもそこから逃れられないものをいつも感じている。それは時に心の葛藤の要因ともなる様だけれど。そんなロマン派最後の人とも称されていた音楽家:グスタフ・
マーラー。この「ベニスに死す」の原作である
トーマス・マンはアッシェンバッハを小説家として描いていたけれど、ヴィスコンティは音楽家として設定した。そして、その役は「地獄に堕ちた勇者ども」の名演に続いてダーク・ボガー ドに!
「アッシェンバッハはその少年が完全に美しいのに気づいた。蒼白で上品に表情のとざされた顔、密いろの捲毛にとりまかれた顔、まっすぐにとおった鼻とかわいい口を持った顔、やさしい神々しいまじめさを浮かべている顔─彼の顔は、最も高貴な時代にできたギリシャの彫像を思わせた。」正しくこの文中通りの
美少年:タジオ(ビョルン・アンドレセン)に療養先のリドのホテルで出会う初老の音楽家:グスタフ・アッシェンバッハ(
ダーク・ボガード)。季節風の暑さと街中に実はコレラが蔓延していたという中、アッシェンバッハの身体は蝕まれていき死に近づいていくのだけれど、そんな中彼が求めていた美と精神の一致、英知の到達を現前したかの様なタジオ少年との出会いは異常で純粋な抑えきれない思いへと募る。今の私が特に感動したのはそんな初老の老いや病いとの闘いの中でも「美だけが神聖なのだ。」と呟き砂浜で静かに死んでいくまでの内面演技の見事さ。胸が締め付けられた。友人のアルフレッドは芸術は曖昧なものだと語り、アッシェンバッハと美を巡る精神論で口論するシーン。それ以外はただただ物静かに台詞も抑えた難解な演技力が必要とされる役柄を演じきっている。それは歩き方ひとつ、タジオと視線を交わす瞬間、見つめる表情...ボガードの役者人生の中でも永遠に語り継がれる名作となって私の心に再び刻印されてしまった。「この原作を映画化する事が生涯の夢だった。」とヴィスコンティは語ったけれど、完璧な配役、完璧な音楽・美術・衣装で目が眩む様な文芸大作を作ってしまったのだ!
ポーランドからのタジオ一家。その母親役のシルヴァーナ・マンガーノの気品溢れる優雅さは何と讃えようか!嘗ての「にがい米」のグラマー女優から一変した貴婦人へ。「家族の肖像」の中の母、パゾリーニの「テオレマ」で見せる雰囲気とも違う。ピエロ・トージの衣装デザインも完璧!そのイタリア貴族のドレスたちは全編に気品と優雅さを面々に飾っている。それらのドレスを纏ったマンガーノの美しいこと!時代設定は1911年。全てに於いて完璧!細部をひとつひとつチェックしてみるとため息の嵐なのだ。
ビョルンはほとんど台詞は無く、若さと美の象徴の様に映像の中でこれまた永遠化を可能にした。振り向き腰に手を当てるポーズ。アッシェンバッハとすれ違う時に見せるほのかな微笑。そして、「他人にそんな笑顔を見せるな、愛してる。」と自分の中で呟くボガードのあの様に感動の矢が突き刺さる。老人を不純なもの、もう純粋ではないとその衰弱して行く身でありながらも内に秘めた美への執着と苦悩の表現を全身で物静かに演じているのだ。英国の誇り!英国の至宝!
ダーク・ボガードよ、永遠なれ★
この「美の極致」を映像化したヴィスコンティ。私はその数々の作品たちとの出会いの中から美の残酷さを学んだ様に思う...40代、50代、60代...の私はどう思うかは分からないけれど。ラストシーン近く、アッシェンバッハは若さを取り戻したい思いで、床屋で顔にはおしろいを、唇には紅を、白髪は黒く染色する。でも、その施しは浜辺の太陽と暑さの中崩れて行く...。私は涙を堪える事が出来ない。ギリシャ神話の中の「タナトス」という言葉が連想される瞬間でもある。それは「死」を意味するのだから、アッシェンバッハのあの浜辺での静かな死は「人間と芸術はひとつになり、君の音楽を墓へ」と語ったアルフレッドの言葉があながち間違ってはいないとも。表裏一体である「エロス」とも切り離せないけれど、タナトスの兄弟である「ヒュプノス」とはあの真っ白なスーツの胸に飾られた真っ赤な薔薇なのだろうか?等とも思えた。美と死が一体となる恍惚の瞬間に涙が溢れてならないのだ。
- 2004/07/15(木) 02:14:49|
- ルキノ・ヴィスコンティ|
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