★映画の宝石箱★美しき菫色の刻に愛を込めて☆ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

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『噂の二人』 ウィリアム・ワイラー監督 (1961年)

噂の二人/THE CHILDREN'S HOUR噂の二人/THE CHILDREN'S HOUR
    1961年・アメリカ映画
監督:ウィリアム・ワイラー 原作:リリアン・ヘルマン 脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ 撮影:フランツ・プラナー 出演:オードリー・ヘプバーン、シャーリー・マクレーン、ジェームズ・ガーナー、ミリアム・ホプキンス、フェイ・ベインター、ヴェロニカ・カートライト、カレン・バルキン

リリアン・ヘルマンの戯曲『子供たちの時間』を原作に、ウィリアム・ワイラー監督(オードリーとの久しぶりの作品)が嘗て『この三人』というタイトルで1936年に映画化されていたものを、自ら再度、タイトルも原作と同じ『子供たちの時間』(邦題は『噂の二人』)で制作された1961年のもの。昨夜、この映画の中の少女二人のことを少し綴ったのですが、こちらでもう少し追記しておこうと想います。

1930年代に舞台劇として大好評だったというものの映画化。その舞台を知らないけれど、表現はどこまで許されたのだろうか...とふと疑問が過ぎる。最初の映画化に当り、監督はタイトルを『この三人』と変えている。色々な検閲からの要請があったようだ。脚本は原作のリリアン・ヘルマンが担当している。”この三人”とは女教師で親友のカレンとマーサとカレンの婚約者のジョー。カレンとマーサがジョーを巡って...という内容にお話も変えられている。1936年という時代に同性愛は禁断でありタブーであったのだろうから仕方がない。ウィリアム・ワイラー監督はそれでも、25年もの年月を経て原題と同じタイトルでこのタブーを描いた。監督はカレンとマーサの窮地に追い込まれてゆく様子、世間の眼差し、子供たちの嘘(少女メアリーもこんな大事になるとは想ってはいなかったのだろうけれど)...それらの人間の繊細な心を描きながら問うようでもある。”人間の尊厳”とは?!また、”愛”とは?!と。尊い信念や気持ちに邪な偏見で揶揄される人々。リリアン・ヘルマンというと”赤狩り”時代にブラックリストにも登録されている左翼運動家のお一人である。彼女の優れた戯曲(作品)たちは多くの映画で知ることが出来て嬉しい。リリアン・ヘルマンの出世作ともなったこの『子供たちの時間』を書くように奨めたのは長年の相棒でもあったハードボイルド作家のダシール・ハメットだそうだ。英国のエジンバラで実際に女性教師が同性愛者のために学校が閉鎖されてしまったという事件をハメットが知り、その人間の尊厳や屈折した心理に興味を抱いたのだろうか...。この事件については私は全く知らない。1930年代、1960年...2008年の現在の時間の流れ。今でもまだまだ偏見はある。いつも想う。何故、人が人を愛する気持ちに”汚らわしさ”を感じるのだろうか。女性が女性を、女性が男性を、男性が男性を...その気持ちの何が?と。

可憐なオードリーは此処でも凛として素敵だ。でも、後半切々と胸に響くマーサの気持ち、それを演じたシャーリー・マクレーンの演技は感動的だった!!共に素晴らしい女優さま♪

THE CHILDREN'S HOURcinemachouchou
☆マーサとカレン♪

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  1. 2008/06/13(金) 09:47:44|
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制服の処女

★映画と原作について『クララの森・少女愛惜』にて少し触れています♪


  1. 2007/11/17(土) 14:52:08|
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ファスビンダーのケレル

QUERELLE

ファスビンダーのケレル:QUERELLE
監督:ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー 出演:ブラッド・デイヴィス、ジャンヌ・モロー、フランコ・ネロ、ギュンター・カウフマン (1982年・西ドイツ/フランス合作映画)

夏に弱いのは毎年の事ながら、今年は梅雨が長く夏の暑さも持ち越されている感じ。映画は観ているけれど更新を怠ってしまいがち。少し前に再見した『ケレル』。ちょっと、老年期に入る前のジャンヌ・モローが観たくなって久しぶりに観たもの。今さら、という感じだけれど、豪華国際俳優陣!原作はジャン・ジュネの『ブレストの乱暴者』。そして、ファスビンダー監督の遺作(残念!)。好き嫌いは分かれる作品だろうけれど、私は間違いなく大好き。ジュネが好きだということも大きいけれど、この映画はかなりファスビンダーの世界、感性と融合されたものに思う。人口的な雰囲気・空間は意図的なのか、やや不安定な動きをされるかの様な役者方。波止場、水兵たち、売春宿...そこの経営者(男色家ノノ)の妻リジアヌ役がジャンヌ・モロー。退廃的で美しい★

リジアヌが劇中で歌う、「誰もが愛するものを殺す」と。ジュネの小説のあの噎せ返る花の匂いが好き。そして、『ケレル』も熱帯的な空間を彩る色たち(オレンジ、イエロー、ブルー)と共に、犯罪に至るまでの空間が好き。ホモセクシャルの映画が生理的に苦手な友人もいる。ロリィタ映画も同様に苦手な友人も。でも、どうしてかとお話を聞くことは私がどうして好きなのか、という事にも繋がる事が多いので楽しい。ニューヨーク・タイムズ紙などは、批判的なコメントでもあった。でも、的確に冒頭の活字に触れて言及されていた。ファスビンダー監督は《ジュネの原作に基づく映画》とせず、《関する映画》だと。なるほど!と思う。ご自分の死を知っていたかのように私はジュネの原作映画というよりも、ご自身も男色家だったファスビンダーならではの遺作に相応しい美しい作品に思える。

QUERELLE1



  1. 2007/08/19(日) 06:57:33|
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翼をください

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翼をください:LOST AND DELIRIOUS
監督:レア・プール 出演:パイパー・ペラーボ、ジェシカ・パレ、ミーシャ・バートン
(2001年・カナダ映画)

この作品も何度も観ている。ミーシャ・バートンが好きなので彼女がお目当てだった。ところが、もう主になる3人の女の子たち、それぞれ可愛くて切なくて...。1978年のカナダのトロントで実際に起きた少女による猟奇殺人事件を基に書かれた原作の映画化。原作を読んでいないのだけれど、この映画では殺人事件は出てこない。でも、ポーリー(パイパー・ペラーボ)が愛するトリー(ジェシカ・パレ)と交際する男子に決闘を申し込み彼の足に剣を刺してしまう。そして、傷を負ったハヤブサを森で飛べるようになるまでに仲良くしていたポーリーは、そのハヤブサと共に飛んでしまう。舞台は女子の寄宿学校。時代は1970年代終わり頃。劇中ポーリーは”私はレズビアンじゃない。トリーを愛しているの!”とメアリー(ミーシャ・バートン)に語るシーン。両親の愛を知らない少女ポーリーはやっと、自分を愛してくれる人が現れた。それが同性だったというだけ。彼女の一途な思いは暴走してしまい、狂気と共に闇に飲み込まれてしまった。結末の悲劇に至るまでの、彼女たちのそれぞれの心の描写が好き。トリーの父親は頭が堅く同性愛を理解出来ない人。そんなことを分かっているトリーはまだ自立出来ないし絶縁されるのを恐れる。そして、ポーリーを愛しているけれどジェイクという男子の恋人になる。そんな二人と同室のメアリーは戸惑いながらも静かに接していて自分も少しずつ成長する姿を好演している。メアリーはその学校へは新入りで母を無くした悲しみが心に大きく刺さっていた。最初から最後までメアリーの語り(ナレーション)は重要に思う。ポーリーとトリーが一緒にベッドにいるところを他の女子達に目撃されてしまう。そこから、二人の仲は元のようには戻れないものに。あざ笑い軽蔑の眼差しをポーリーに向ける少女たち。”伯母もレズだから気にしない。”という少女もいる。でも、ひたすらトリーへの愛、彼女を失いたくない、失うのなら存在理由は無い...。”あなたのことを理解しているつもりよ。”と心配して見守る先生の言葉にもう少し耳を傾ける事ができたなら...などとも思ったり。でも、思春期純粋さ故、猛禽のような激しさで突き進むポーリーの加速する姿は切なく愛らしく純粋すぎて痛い。

この3人、みんな素晴らしい!当時一番年少のミーシャ・バートンは『キャメロット・ガーデンの少女』からのファンなので、今はすっかりスラリと身長も伸びたけれど可愛い。このメアリー役もピッタリだと思う。途中でヴァイオレント・ファムスの音楽が流れたり、エンディング曲も含め音楽も良く、そしてカナダの美しい風景も印象的。そして、彼女たちの制服姿(ジャケットとネクタイにチェックのミニスカートと黒いハイソックス)も好き。さらに、時折スローモーションのような映像になる辺りもとても綺麗♪授業でシェイクスピアの「マクベス」が出てくるのも嬉しい。ずっと思っていること、好きになる、人を愛するという尊い気持ちは誰もが持っている。その相手が同性でも異性でも。・・・昨日また観てしまいまた泣いていた。”愛”とは尊く美しいものだけれど、なかなか困難なものだなぁ。

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  1. 2007/02/10(土) 04:33:03|
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『太陽がいっぱい』 ルネ・クレマン監督 (1960年)

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太陽がいっぱい/PLEIN SOLEIL
1960年・フランス/イタリア合作映画
監督:ルネ・クレマン 出演:アラン・ドロン、モーリス・ロネ、マリー・ラフォレ

アラン・ドロンの名は永遠だろう。この『太陽がいっぱい』はきっと今後ずっと名画として語り継がれてゆくもののひとつだと思う。これはパトリシア・ハイスミスの原作を、ルネ・クレマンが脚本化し映画化されたもの。好きな名場面の連続で大好き!こんなに幾度も観たくなる映画なのだからかなり好きなのだろう。アラン・ドロンがトム・リプレーを演じるにあたって、ルネ・クレマン監督は原作から部分的に変えていったように思えてならない。当時24歳の美青年、演技だけではなくアラン・ドロンというお方の内から滲み出る背徳の匂い、そのような魅力を監督は察知していたに違いないと。当初はモーリス・ロネがリプレーという設定だったともお聞きする。モーリス・ロネもハンサムで素敵なお方。淀川長治さんは古くからこのリプレーとフィリップの同性愛的な描写について語っておられた。私は最初は貧しい青年の嫉妬心からの完全犯罪を描いたものだと思っていた。でも、何十回も観る映画のひとつなので、今ではちょっとしたふたりの会話やシーンを思い浮かべそのようなニュアンスを感じることもできるようになった。そして、美しい男同士だからこそ描き得た、何とも言えないナルシシズムが香る。カミュの『異邦人』が少し重なったりも。そして、カテゴリーはサスペンスに入れたのだけれど青春映画だとも思う。
モーリス・ロネ、アラン・ドロン、マリー・ラフォレという美しいこの組み合わせも完璧!少しずつ実年齢が離れていてそれぞれの魅力がどのシーンにも見られる。青い海と空、そして太陽。終盤の破綻の訪れ寸前の海辺のリプレー。”太陽がいっぱいだ。”と語る。マルジェの手にキスをする時のあの陰鬱な野心に満ちた眼差しのインパクト!同じ1960年にルキノ・ヴィスコンティ監督は『若者のすべて』で心優しい青年役としてこれまた哀しくも美しくアラン・ドロンの眼を捉えている。でも、全く違う。アラン・ドロンのお話も尽きない私...。そうそう、船上での3人のやり取りも複雑なお互いの心理描写でドキドキする。そして、忘れてはならない!この映画が完璧だと思うのは撮影がアンリ・ドカエ。そして、あの哀愁を帯びた旋律の名曲はニーノ・ロータ。嗚呼、見事な揃い組み。両親の洗脳から小学生の時から”アラン・ドロン好き~♪”と言っていた私はいつの間にかアラン・ドロンのファンに自らなってゆき、今も毎年アラン・ドロン大会をしてしまう。モーリス・ロネも素晴らしいお方なのでもう少し長生きして頂きたかった。マリー・ラフォレは歌う女優さまのおひとりでもあり、レコードも色々持っている。60年代から70年代頃のそれらのジャケットを時折眺めるために並べてみたりする。とっても美しいお方でうっとり☆

*マット・デイモンの『リプリー』はリメイクというか別物として楽しむ方がいいと自分に言い聞かせている。そう考えないとどうしたって比較してしまう。でも、ジュード・ロウは美しかったけれど~♪

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  1. 2007/01/14(日) 11:10:49|
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オルランド

オルランド 特別版 オルランド
監督:サリー・ポッター 出演:ティルダ・スウィントン、シャルロット・ヴァランドレイ、ヒースコート・ウィリアムズ、ロテール・ブリュトー(1992年・イギリス/ロシア/イタリア/フランス/オランダ合作映画)

何からお話したら良いのだろう...もう、この作品は私の抱えていたものを代弁してくださる、そんな幸せな映画。男性から女性に変わった主人公オルランドが、「同じ人間。何も変わらない、性が変わっただけ」と語る。サリー・ポッター監督はさらに天使がオルランドを迎えに来るという夢のような結末で描いている。原作はヴァージニア・ウルフ。それを監督が何度も読み返しては書き繰り返したという。そして、主役のオルランド役にはこのお方しかいないだろう!というティルダ・スウィントン☆この中性的な性別を超えた美しい存在。さらに400年もの時空をも軽く超えてしまう。何を着ても素敵なティルダですが、この映画の楽しさのひとつに各時代の様式がお衣装などでも堪能でき嬉しい。ルネサンス~バロック~ロココ~ヴィクトリア時代。こういう楽しみがあるので文芸ものが好きなのかも。エンディングの歌では、ジミー・ソマーヴィルとサリー・ポッターがデュエットしている。この曲がまた幸福感を倍増するのだ。両性具有という言葉、あるいはアンドロギュヌスについて興味があり調べたりした時期があった。今もこういうテーマは異常に好きなよう。何故だろう?まぁ好きなのだからいい。ヴァージニア・ウルフについても触れたいけれど、またの機会に。でも、ちょっと澁澤龍彦さまのお言葉を追記させていただこう~♪

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  1. 2007/01/02(火) 01:57:21|
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『エム・バタフライ』 デヴィッド・クローネンバーグ監督 (1993年)

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エム・バタフライ:M. BUTTERFLY
監督:デヴィッド・クローネンバーグ 出演:ジェレミー・アイアンズ、ジョン・ローン、バーバラ・スコヴァ、アイアン・リチャードソン(1993年・アメリカ映画)

この作品は公開当時から何度観ているだろうか。監督はカナダの奇才!デヴィッド・クローネンバーグで、主演はジェレミー・アイアンズ。このコンビは80年代には『戦慄の絆』でも名コンビぶりを発揮していた。オスカー受賞後もアイアンズは色んな役柄に挑戦し続けている。しかし、このような崩れゆく悲哀、憑かれた知的な役柄をさせると右に出る者はいない!と評される英国を代表する演技派。ジョン・ローンの女装という事でも当時話題になった。ジョン・ローンの女装は個人的には好みではないけれど、長身のアイアンズと小柄なジョン・ローンの共演は興味があった。しかし、この作品はクローネンバーグの世界炸裂!演出の突出した秀逸さ、そして、アイアンズの演技の素晴らしさ!に尽きるように思う。実在のお話を基に、デヴィッド・ヘンリー・ホァングの原作をクローネンバーグが脚色したもの。舞台劇として先に上演され映画化の運びとなった。フランス大使館の外交官ルネ・ガリマールが中国人女優のソン・リリンに惹かれて行く。プッチーニの『蝶々夫人』。ガリマールには美しい妻がいるが、ソンを一度も男性とは疑わずに女性として魅せられて恋に堕ちる。ソンは当局の任務を受けたスパイ。ガリマールは奥ゆかしい東洋人女性を純粋に愛し続けた。後半からの展開、さらに裁判にかけられ受刑者となるガリマール。「私はルネ・ガリマール、またの名をマダム・バタフライ。」蝶々夫人はソンではなくガリマールであったという、大きな錯誤、逆転する世界。もうクローネンバーグ&アイアンズならではの美学に花散る。「私は、男が作り出した女を愛した男だ。私はそのまま想像の世界にとどまる。私は想像力そのものなのだ。」とガリマールは顔に粉化粧をし紅を塗り、蝶々夫人を演じながらガラスの破片で首の静脈を切り自決する。現実と幻想を飛び越えた狂気の最期。壮絶さと醜悪さの混在する死に至る美しき男の美学!なんたる愛のロマンか!!

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  1. 2007/01/01(月) 17:51:40|
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司祭

司祭 司祭
監督:アントニア・バード出演:ライナス・ローチ、ロバート・カーライル、トム・ウィルキンソン、キャシー・タイソン、クリスティーン・トレマルコ (1994年・イギリス映画)

何度観ても最後に溢れる涙と深いテーマに考えさせられてしまう。英国映画には同性愛作品が多い。この『司祭』は若きハンサムな司祭役のライナス・ローチ、さらに彼の恋人役を演じるロバート・カーライルが出演しているというだけで観たもの。そして、何たる衝撃!複雑な感動と疑問が入り交ざり、とても重要な愛すべき作品のひとつとなっている。司祭(ここでは神父)としての使命、聖職者としての社会の眼差し、しかし人間。欲望との葛藤で主人公グレッグは苦悩する。隠れてゲイバーへ通う彼はある欺瞞を抱えている人間でもある。その欲望を抑え込もうとする意志がある故に、さらに苦渋は重い。この映画はアメリカや世界各国のカトリック教会からボイコットされ、ローマ法王も抗議の声明を発した。しかし、この映画は何も教会を批難するものではないし、ゲイ讃歌を謳うものでもない。人間だれしもが抱えている心の問題。お話は二重で進んで行くので実の父親に性的虐待を受けている少女とその家族の問題。神父は個人の秘密を他言できない。でも、この少女を救いたい気持ち...。最低の父親!知っていて黙っていたと批難する母親に憤る。少女サラだけはグレッグと心が通じ合う。懺悔。最後に二人が抱き合いグレッグが許しを請う。ふたりの涙は浄化する心から溢れるものだと私も涙する。色んな意見が持たれる作品だろうけれど、深い問題があるけれど、慈悲と憐れみはいかなる立場、職種、国籍の異なる人間にも共通したものではないだろうか。

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  1. 2006/12/31(日) 18:56:13|
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菫色の刻について

このカテゴリーでは、主に同性愛映画レズビアンゲイ、バイセクシャル、異装愛者たちが描かれている)を中心に好きな作品を綴ってみます。同じ人間、男性と男性、女性と女性の恋愛が特別だとは思わないのです。こういう気持ちはずっと漠然と幼少期から抱いていました。成長する中で苦悩する友人達とも出会え、彼らとは良き友人関係が続いています。愛するという権利は誰にもあり自由。誰もが人間として日々を生きている。現状の日本ではまだまだマイノリティな感があるのですが、実はとても古い歴史のある国。もうクローゼットを開け放ち、偏見や差別は時代遅れの時のよう。基本的にポルノは掲載致しませんのでご了承下さい。性描写よりも心の揺れや葛藤の描写、イマジネーションを刺激する美しい映像等を重視して観ますので、面白くない文章だと思いますが世界を共有できるお方がいて下さると幸いです。お気軽にコメントやTBにお越し下さい。どうぞ宜しくお願い致します。

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  1. 2006/12/30(土) 06:21:13|
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アナザー・カントリー

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アナザー・カントリー:ANOTHER COUNTRY
1983年 イギリス映画 マレク・カニエフスカ監督

出演:ルパート・エヴェレット、コリン・ファース、ケイリー・エルウィズ、アンナ・マッセイ

今年になり、20年来の友人と暫しの時間を愉しんだ。博識な方なので色々なお話が出てくる。お互いのお仕事のお話などをしている中で映画のお話に。そんな折、「やおい文化詳しいもんなぁ。」と言われた私。唐突にこのやや懐かしい言葉の響きにドキっとした。詳しい訳ではないけれど「好きですね、どうしてか...。」と答えた。ふと、私は80年代からもう20年以上経った今、嘗て「少年愛」を描いた作品を愛好する女性ファンに称された言葉が鮮やかに甦る気がした。「やおい少女」。そんな私を否定しない。しかし、「腐女子」「不健康」と言われたことも思い出す。よく考える事なのだけれど、「少年愛」の歴史はこの日本にはとても古くからあった。そして、私は同時に「少女愛」者でもあると思う。こういう活字だけを読まれてお怒りのお方もおられると思う。言葉は死語化し新しい言葉に変わって行く・・・そんな中、ロリコンとかオタクとか。総じて語られるものではなく、ましてや非難される筋合いもないのだけれど、何故か「こっそり楽しんでいるかの様な」隠微なニュアンスが病的に映るのだろうか?(私はこっそりではないので非難されたのだろう、でもこっそりだったとも言える。)それに、言葉に慎重にならなくてはならない最近の惨殺な事件の数々。しかしながら、私はやおい少女から継続して今はすっかりよいお歳になってる女性である事は間違いない。退廃的な大人の女性、自立した女性も大好きな私の心のバランスは不安定ではある。

こんな事を考えると80年代に「アナザー・カントリー」から「モーリス」...と英国映画界は美しき青年たちの愛と葛藤を描いた作品を生み出していた。そんな時代をリアルタイムに生き、それらの作品たちを鑑賞しながら、ボウイやバウハウス、コクトー・ツインズ等の音楽を愛聴していた私。20年も前の事には思えない。そして、これらの映画の出演者達は今も大活躍!今のハリウッド映画に英国俳優の存在は無くてはならないものの様に。

「アナザー・カントリー」のルパート・エヴェレットの美しさ、あの細い首筋とスラリとしたルックスは甘美に思えた。でも、同性愛に悩み葛藤するガイ(エヴェレット)の良き理解者である友人ジャド(コリン・ファース)の存在感。ガイが恋する別寮の美青年ハーコート(ケイリー・エルウィズ、キャリー・エルウイズ)。露骨な性描写がある訳ではなく、彼らの心の揺れ動き、時代や全寮制のパブリックスクール、エリートたちの宿命、思想など・・・とても考えさせられる映画でもあるのだけれど。どこかに偏見の眼差しを持って観るとまた違った感想があるのだとも思う。選んで観ているつもりもないのだけれど、同性愛というテーマの作品は多分に好きな私。好きなのだから仕方がない。幸いな事に同性愛の友人が男性も女性もいる。そして、彼等自身、何故かは分からない様だ。別に何故か?を探る必要もないように思う。そして、罪悪感や劣等感も必要ないと。異性愛者が正常?そんな事は断言出来ない。そして、偏見や好奇の眼差しがまだまだ多い現実をも否定出来ない...。


  1. 2006/01/29(日) 08:01:42|
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愛する者よ、列車に乗れ

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愛する者よ、列車に乗れ:CEUX QUI M'AIMENT PRENDRONT LE TRAIN
1998年 フランス映画 パトリス・シェロー監督

出演:ジャン=ルイ・トランティニャン、シャルル・ベルラン、ヴァンサン・ペレーズ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、パスカル・グレゴリー、 シルヴァン・ジャック、ドミニク・ブラン

6月半ばから苦手な夏に負けてしまい「熱中症」と呼ばれるようなダメダメな不調が続いていた。それでもお仕事も映画も観ていたのだけれど...。初めて観た作品、再見した作品があるけれど、やっぱり再見ものは好きだからまた観る訳なので感動作が多かった。その中の一つにこの「愛する者よ、列車に乗れ」も。

パトリス・シェロー作品だし、トランティニャンが出ているので観たのだけれどこの再見は4年振りくらいだろうか?登場人物が多いのですっかり名前など忘れていてちょっと戸惑うのだった。でも、だんだん思い出したり、再発見を愉しむ事が出来た。登場人物が多く様々な人間模様が描かれるという作品は好き。

トランティニャンは双子の兄弟の二役で、登場するのを待ち遠しくしていたものだ。それでも、各人物それぞれが個性的でテンポ良くお話も進んで行くのでとても心地よい。トランティニャン扮する(兄の方)画家:ジャン=バティストの遺言は「愛する者よ、列車に乗れ。」と各人はリモージュ駅に向かう...こういうの好きな設定なので嬉しい。

バティストは同性愛者だったので、多くの嘗ての愛人や友人たちには男性も女性もいる。夫婦も居れば、エイズに冒されている青年ブリュノ(シルヴァン・ジャック)、ドラッグ中毒者...と様々。シルヴァン・ジャックはこの映画でしか知らないのだけれどすぐにチェック!繊細で弱々しい美しい青年だった。笑えるのはヴァンサン・ペレーズが女装していて意外と綺麗な足だったこと。ハイヒールにストッキング、鬘もメイクもとても似合っているので、「王妃マルゴ」や「インドシナ」の名演が違う所へ飛んでいく様だった。素敵な役者さまだ、全く!ドミニク・ブラン扮するカトリーヌの娘さん役のエロディちゃんもとても可愛い少女。彼女は「ポネット」にも出ていたデルフィーヌ・シルツちゃん♪

音楽もテンポの良さに貢献していた様に思う。一人のある種のカリスマ性を持つ画家と関わりが有り、かつそれぞれに愛や葛藤が有った。友人同士、夫婦間も含め様々な人間模様の描写が重くなく軽くなくと、私には相性の良い程度さで見終えたあとも気分が良かった。


  1. 2005/07/05(火) 07:53:26|
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ペダル・ドゥース

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ペダル・ドゥース:PEDALE DOUCE
1995年 フランス映画 ガブリエル・アギヨン監督

出演:ファニー・アルダンパトリック・ティムシットリシャール・ベリミシェル・ラロック、ジャック・ガンブラン

とても面白い映画を愉しんだ。ファニー・アルダンが出ているので前から観たいと思っていた映画。やっと観る事が出来、それも予想以上に楽しかったので大満足!

ファニー・アルダンを初めて知ったのは「隣の女」。そして「日曜日は待ち遠しい」は封切り前から楽しみで、小さな映画館だったけれどスクリーンで観る事が出来て感激して帰ったものだ。最も最近観たアルダン作品は「永遠のマリア・カラス」。これも最高に素敵だった!この日記を綴り初め、やたらと登場するお名前であるジェレミー・アイアンズとの共演。アイアンズとは「スワンの恋」でも共演されていた。アルダンは実に素敵。今年56歳、まだまだ素敵になられると思う。こんなにお顔の皺が素敵に思えるお方はいない。大きなお口と眼差し、表情、全く衰えないスタイル...うん、とてもカッコイイ女性。

そんなアルダンがここでは、ゲイ・バーのマダム役エヴァ。でも、結婚している夫はゲイのエイドリアン(パトリック・ティムシット)が実にユニークな雰囲気を全編に漂わせている。流石!コメディアン出身のお方だ。そして、アレクサンドル(リシャール・ベリ)はゲイではないのにエヴァに恋をした為ゲイ・バーに出入りするようになり、それを知った奥様のマリー(ミシェル・ラロック)はすっかり勘違いをしてしまう...。そんなすれ違い、勘違いが全く湿っぽくなく描かれている。

普段(昼間)はスーツを着てお仕事もしっかりしているアンドレ(ジャック・ガンブラン)も、実は夜になるとエヴァのお店の常連。あのナヨっとした目とストリップ・シーンの可笑しさ。私は全くと言って良いほど同性愛に偏見が無いと思う。これまでにもそんなお友達が男性にも女性にも居たし、ゲイの男性の方の方が繊細な女らしさを身につけていたり...。この様な映画は賛否両論なのではないだろうか?日本だと。ところが、フランスでは大ヒット!ゲイ・カルチャーがもう文化としてある国は素敵だ。

そんなこの映画のオープニングもエンディングも私の大好きな曲が流れるのだ。それは、ミレーヌ・ファルメール★途中もダリダやヴィレッジ・ピープル...と選曲もそういう文化と関係している。ファションも鮮やかなで楽しかった。子供が欲しいけれど夫がゲイなので無理。そんなエヴァが一夜だけの浮気をアレクサンドルとした事で身篭もってしまう。堕胎を決めるエヴァに猛烈に反対するエイドリアン。二人で育てる事になり、その後もアレクサンドルとの関係も継続される様な不思議な三角関係。

エイドリアンは息子には「絶対に、ゲイにはさせない!」と真顔で言いながら運転。でも、後座席に座るちょっと大きくなった息子は口紅を塗って遊んでいた。そして、エヴァは笑っているのだ。素敵だと思った。そして、マリー役のミシェル・ラロックの「ぼくのバラ色の人生」(大好きな映画)での母親役を思い出したりも。


  1. 2005/03/14(月) 03:03:38|
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