★映画の宝石箱★美しき菫色の刻に愛を込めて☆ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

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ニコ・イコン

ニコ・イコン ニコ・イコン:NICO ICON
 1995年・ドイツ映画 
監督:スザンネ・オフテリンガー  出演:ニコ、 エディット・ブローニュ、アリ・ブローニュ 、ジョン・ケイル、ティナ・オーモン、ジャクソン・ブラウン、ニコ・パパタキス、アラン・ワイズ、ポール・モリセイ、ビリー・ネーム、ヴィヴァ

もうすぐ、アラン・ドロンが出演された番組の放送日。26日に下の記事を綴った後から私の心がざわめき始めた。番組を観てからにしよう...などと思ったりしていたのだけれど、取り合えず今の気分を少しばかり。私が好きなものは繋がり過ぎていて時に、このように複雑な心境になることがある。番組の日程を調べたニュース記事の中に以下のような文章を読み連鎖される個人的な感情。

「調理中のトークでは「私は女性のおかげでこの世界に入れました」などと、往年の二枚目スターらしく女性の話題を連発。若さの秘訣について木村拓哉(34)から聞かれると、「若くいるには女性と付き合うこと」と返し、木村が「はい!」と即答する一幕もあった。」(IZAニュースより)

それまで、ウキウキしていた私はだんだん滅入ってしまって泣いてばかりいた日があった。今は随分と頭の中も気持ちも落ち着いて来てはいるものの、まだ...。アラン・ドロンは私が最初に好きになった外国のアーティスト、それも家族との想い出が付随している。それは小学生の中学年頃からのこと。それから年月を経て音楽が大好きになってしまった。ジョン・レノン、デヴィッド・ボウイというとんでもないアーティストを知ったことから始まる。そして、その早い時期にマリアンヌ・フェイスフルニコを好きになり、これらのアーティスト達は今でも大好きでたまらない。ジョンとニコはもういないけれど。アラン・ドロンも好きでニコも好きな私はどうすればよいのだろう(どうもしなくてよいのだけれど)...。ざわめく心は映画『ニコ・イコン』を再見する衝動へと向かわせた(向かったのだろう)。”もう一度、よく観て!”と誰かに呼ばれたかのように(私の心の中のもう一人の私なのだろうか...こういう偶然的なことは理屈では言えない)。

このドキュメンタリー映画はニコの死後に製作され、日本では1997年に公開された。小さめのその映画チラシ(どこかにファイルしてあるけれどまだ探していない)を頂いた時から楽しみにしていた。そのチラシの中に、町田康(町蔵)のコメントが載っていた。「アラン・ドロンはブタだ!」と。この言葉はショックだったけれど、直ぐに連想されることにより観る前から複雑な面持ちで鑑賞した映画となった。

アラン・ドロンの大ファンのお方は男性も女性も多い(私もだ)。ニコもロミー・シュナイダーも優劣などつけられない位に大好きな私はちょっと違うのかも..。アラン・ドロンのヒストリーの中で多くのアラン・ドロン・ファンのお方達は一行程の記録のようにニコの名が掲載されるのがほとんど(また、ニコが大好きお方達はドロンを毛嫌いされる方も多い)。でも、私はとてもとても大きな意味を持つ。ドロンの映画に嫌いな作品は一つも無いのは正直な気持ち。そして、アラン・ドロンの非情さ(これはある種の美学でもあるのかもしれないし魅力だとも思う)が作品の中で冷ややかにリアルに伝わるあの空気に通じるものなのだろうか...などと考える。アラン・ドロンのこの喜ばしき出演記事から繋がり絡まる頭の中を整理し、自分の日記としても連想されることなどを綴っているようだ。『あの胸にもういちど』で共演したマリアンヌ・フェイスフルは、同じ時代を生きたニコに何かしらの親近感を持って過ごしてきたけれど共演することはなかった。でも、「Song for NICO」というニコに捧げた曲を歌われた。その楽曲が素晴らしいだけでなく、私の好きな人達のこれらの宿命的な出会いなどを想い沁み入る曲でもある。その歌詞の中に以下のようなものがあり、その歌詞から私はまた複雑な納得のいかない心境へと導かれ、今も変わりはしない。

And now she doesn't know
What it is she wants
And where she wants to go
And will Delon be still a cunt.
Yes, she's in the shit, though she is innocent.

アラン・ドロンは未だにニコとの間の息子アリを認知してはいない。それはそれ...。非情さという点で、ドロンは実の自分の母親(エディット・ブローニュ)に”赤ん坊(アリ)を選ぶか俺を選ぶか”と究極の選択を問う。そして、ドロンの母は、ドロンはもう立派に自分で生きていけるけれど、この小さな赤ん坊はひとりでは生きてゆけない。ニコは聡明で美しい娘だけれど、あのこに子供は育てられないと、孫アリ君を育てることを選んだ。よって、それ以来、ドロンと母との関係も絶縁された。そこまで封印したい理由はドロンにしか分からないこと。ニコは結婚したがっていたけれど極度のジャンキーなボヘミアンなお方(最期はコカインを買い求めて死んだという言及もあるけれど、この映画の最後に成長したアリ(アリ・ブローニュ)が登場しコメントがある。ニコの最期の僅かな期間だけはドラッグを絶った生活だったと。私も本でそのように読み、1986年と1988年の2回の来日公演でのニコの違いは美しい想い出でもあるので、最期までハッシシを買い求めて...という説は信用してはいないのです)。

※他にも色々繋がり過ぎるので、BRIGITTE内のコンテンツのあちこちで追記予定です。全て私の想いですので、間違ってることや何かご意見がございましたらお気軽にコメントなどください。よろしくお願いいたします♪

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  1. 2007/10/04(木) 11:36:59|
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デブラ・ウィンガーを探して

2005-07-06.jpg

デブラ・ウィンガーを探して:SEARCHING FOR DEBRA WINGER
2002年 アメリカ映画 ロザンナ・アークエット監督

出演:ロザンナ・アークエット、パトリシア・アークエット、メラニー・グリフィス、エマニュエル・ベアール、ローラ・ダーン、メグ・ライアン、キアラ・マストロヤンニ、グウィネス・パルトロー、ホリー・ハンター、フランシス・マクドーマンド、カトリン・カートリッジ、シャーロット・ランプリングヴァネッサ・レッドグレーヴジェーン・フォンダデブラ・ウィンガーロビン・ライト・ペン、ケリー・リンチ、ウーピー・ゴールドバーグ、シャロン・ストーン、ダイアン・レイン、ダリル・ハンナ、テレサ・ラッセル、サルマ・ハエック、ジュリア・オーモンド、トレイシー・ウルマン...

「グラン・ブルー」で知った可愛いロザンナ・アークエットはいつの間にかもう40代半ばになっていた。ボウイ様と共演した「ニューヨーク恋泥棒」も実にキュートだった。そんなロザンナが監督としてドキュメンタリー映画を製作した。それは、本人の自問からの旅のようなもの。多くの有名な素晴しい女優さま達が次々と出てきて語る。ほとんどの方はノー・メイクかそれに近い素顔で美しいと思った。大半が30代後半から40代の女優さま。先輩格として大女優のジェーン・フォンダヴァネッサ・レッドグレーヴシャーロット・ランプリングの登場は私にはとても嬉しい瞬間だった。

ハリウッドと欧州の映画の世界、女優たちの考え方の違いもよく伝わるものだった。40代で精神的にも人間的にも充実してきているのにお仕事が減るという。10代のファン向けの映画に彼女達の出番は無いのだ。もう少し年を取り50,60代となるとまた状況も違うのだろうけれど...。中途半端な年齢、女性として、女優として、母として葛藤し自問する。この映画は世代的に近いものがあるのでお仕事を持つ女性としてとても観て良かったと思う映画なのだ。

ハリウッドでは整形が当たり前だけれど、一度も整形をして来なかった大女優リブ・ウルマンやジャンヌ・モローの名前も出てくる。「顔に自分の人生が刻まれていく様を見ていたい。」とリヴ・ウルマンの言葉を語るジュリア・オーモンド。ロザンナが「ジャンヌ・モローは今は皺くちゃだけれど素晴しい!」と語ると、テレサ・ラッセルは「フランス人だから状況が違うのよ。」と。素敵なメラニー・グリフィスのお家の中でテーブルを囲むまだまだ美しい!としか思えない女優さまたちが語り合う。それを愚痴の言い合いの様に捉える方もおられるかも?という気もしたけれど、彼女達は同世代の同じ女優として語り合っている。

グウィネス・パルトロウは群を抜いてまだお若いけれど、お嬢様女優と言われながらも順調にキャリアを重ねているけれど、「まだ何もしていない。」と語る。ますます好きになった。ロザンナが最も敬愛する女優さまはフランシス・マクドーマンドだと言う。素敵だ!共通の友人にホリー・ハンターも居る様だ。カトリン・カートリッジに連れらてランプリング様が登場!黒のパンツスーツでノー・メイク。あの凛々しいお声で「"己に対して正直であれ"よ。」という信念を簡潔に笑顔で語っていた。ロザンナは今では妹さんのパトリシアの方が売れているのでそんな意地悪な記事やインタビューも多いという。でも、姉妹は仲良くお揃いのストライプのパンツ姿だったりして素敵だった。

後半やっとデブラが登場するけれど、彼女は今は役を探してまで映画に出たくないというある人生の過渡期の選択を「引退」という形にしただけで、女優を辞めたわけでは無い様だったのが嬉しい。最後のジェーン・フォンダの語る姿はとてもオーラがあった。聞きながらロザンナは涙を拭う...。ロザンナはこの作品を製作し「15分は泣いた。」と語るけれど、私は4回観たけれどその度に5分ずつ位泣く時間が増えていく様なのだ。今回は30分間泣き続けていた...別に悲しい映画でもないのだけれど、これらの自問しながら前を向いて生きている素敵な女性たちの素晴しさに複雑な感動を得るのだと思う。

まだまだ、書き続けそうなのでこの辺で終えようと思う。煙草を吸いながらノーメイクのベアール、きちんとメイクをしてジュリアン・ムーアやケイト・ブランシェットが素晴し過ぎて怖いと。でも、私は私と語るシャロン・ストーンは対照的に感じたけれど、共通するのは「私は私」という強い信念に頷かずにはいられなかった。

最後にロザンナから一言という中で、メラニーは天使。メグ・ライアンとローラ・ダーンは私の魂の姉妹(シスター)と。この姉妹というのがとてもよく分かる気がするので嬉しかった。私にもそんな魂の姉妹と呼べるお方が居てくださるから。


  1. 2005/07/06(水) 06:56:15|
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