★映画の宝石箱★美しき菫色の刻に愛を込めて☆ナルキッソスの鏡あるいは自惚れ鏡♪

楽の音は、小声で歌われる歌詞が消えても思い出の中でこだまする。by パーシー・ビッシュ・シェリー

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『豚が飛ぶとき』 サラ・ドライヴァー監督 (1993年)

WHEN PIGS FLY

豚が飛ぶとき/WHEN PIGS FLY
  1993年・アメリカ映画
監督:サラ・ドライヴァー 製作総指揮:ジム・ジャームッシュ、デニス・ウィグマン 脚本:レイ・ドビンズ 撮影:ロビー・ミューラー 音楽:ジョー・ストラマー 出演:アルフレッド・モリーナ、マリアンヌ・フェイスフル、レイチェル・ベラ、マギー・オニール、シーモア・カッセル

『クララの森・少女愛惜』にて少し触れています♪

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  1. 2008/05/17(土) 02:01:26|
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☆ジェーン・バーキン☆12月14日の誕生日記念&クリスマス向け豪華DVD-BOX! 発売♪

ジェーン・バーキン バースデイ・アニバーサリー DVD-BOXジェーン・バーキン バースデイ・アニバーサリー DVD-BOX
(2007年12月14日発売!)
《内容紹介》
「ジェーン・バーキンinまじめに愛して」
「ジェーン・バーキンinスキャンダル」
「ジェーン・バーキンinメランコリー・ベビー」

祝☆来日!なのでジェーン・バーキン特集を『BRIGITTE』内の各地で色々と愉しんでいるところ♪もっと早くに書こうと思っていたこのBOXの発売予定。中の3タイトルともに個人的に好きなもの。でも、80年代の終わり頃だったと思うけれど、永瀧達治さんの監修でジェーン・バーキン作品が8タイトル発売された。どの作品も未見だったので思い切って全体タイトル注文して購入したのだった。当時はビデオのみで、定価も高かったのでかなりの出費だったけれど、今の私の糧となっていることなので良かったと想う。その中でも、ジェーンのキュートな魅力に溢れた3タイトルが今回のボックスに収められている。ジャケット・デザインも新装されている(ビデオの方が好きだけれど)。でも、予約した♪以下のデータは流通している宣伝用のようなものみたい。やっぱり、嘗ての渋谷系という言葉が出てくる。私は全くそういう部分と無縁でジェーン・バーキンが好きだし、フランスの音楽や文学などが好き。80年代から永瀧達治さんのファンだったので書かれた書物やレーベル作品、その他ライナーノーツにお名前があれば作品を買っていた。後にセルジュ・ゲンスブール絡みでお世話になることになるご縁を嬉しく光栄に感じている。ジョルジュ・ブラッサンスの日本盤の解説にどれ程心が躍っただろう!なので、永瀧さんに関しては私は渋谷系という感じからは実は距離を感じていたし、今もそう想う(次元が違うもの!)。でも、発信はどうしても東京発となるのだなぁ...大阪にも名古屋にも広島にも福岡にも北海道にも沖縄にも...流行とは関係なく好きで応援している人達がいっぱいおられるのを私はvelvet moonを通じて知ったこと。流行は変わるのでファンも流動するのが世の連れ。変わらぬファン、新しいファン、気になるお方が求めればよいのだろう。ただ、私はジェーン・バーキンは音楽から入ったけれど高校生の頃から今も好きだということに変わりはない。あのジェーンのヴォーカルが大好き!今回の3作品に入らなかったものにフランス映画ではないものもある。実は地味だろうけれど、それらも良質の映画だと思っている。宣伝は大切!情報も大切!それらをヒントに、でも、自分の五感を信じてこれからも”好き”を追求し愉しんでいたいと私は想う♪

※以下、商品・宣伝データより記載♪
《内容紹介》
「ジェーン・バーキンinまじめに愛して」
J・バーキン 27歳。フレンチ・ロリータとしての全盛期の魅力が詰まったキュートでセクシーなラブ・コメディ!
「ジェーン・バーキンinスキャンダル」
J・バーキン 29歳。ロリータから大人へと変身し、妖艶な彼女の魅力が滲み出る佳作!
「ジェーン・バーキンinメランコリー・ベビー」
J・バーキン 31歳。 S・ゲンスブールとの長年に渡る結婚生活にピリオドを打った彼女が魅せる、新境地!

★永遠のフレンチ・アイドル“ジェーン・バーキン”
12月14日の誕生日記念&クリスマス向け豪華DVD-BOX!

1クリスマスプレゼントにピッタリのお洒落なデザイン仕様!デザインはフレンチ・マニアに絶大な支持の梶野彰一氏!

2フレンチ・マニア必見!ジェーン・バーキンに捧げるオリジナル・エッセーを収録した 【特製ブックレット付】!フレンチ狂家元でフレンチ・マニアのドン“永瀧達治氏”をはじめとした豪華執筆陣!

3渋谷のレイト上映を中心としたフレンチ&ゲンスブール・ブームから10年。当時の観客層はいまやセルDVDのヘビーユーザー層へと成長しています!

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
ジェーン・バーキンが全盛期の70年代に主演した3作品のBOX。カヒミ・カリィが主題歌をカバーするなどマニアの間で高い人気を誇る『ジェーン・バーキンinまじめに愛して』をはじめ、『~スキャンダル』『~メランコリー・ベビー』を収録。

  1. 2007/11/02(金) 05:51:06|
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アラニス・モリセット:ALANIS MORISSETTE

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[私の好きな詩]Joining You:『ジョイニング・ユー』
アラニス・モリセット:ALANIS MORISSETTE/Supposed Former Infatuation Junkie

あなたと私はまるで4歳児みたい
何事についてもなぜかどうしてか知りたがってる
意のままに自分たち自身を明らかにし思ったことを言いたがってる
そして決してつまらないことは言わず
直感的で 激しく質問し 神様を見つける
私の苦しめられた先導者
私たちは同じ意見の仲間たちを見つけなくては
もし私たちが彼らの有罪判決なら
もし私たちが彼らの突出物なら
もし私たちが私たちの偏執なら 私はあなたに加わってるわ
もし私たちが私たちの収益なら
もし私たちが私たちの妄想なら
もし私たちが私たちの苦悩なら 私はあなたの仲間よ
私たちには熟考が必要 ほんとに素敵な思い出が必要
もうちょっと頻繁に気兼ねなく電話してくれていいのよ

★アラニス・モリセットのこの曲が得に大好き。意外に思われるかもしれない、アメリカのとってもメジャーなお方(グラミー賞受賞者だし)。私の好きなヴォーカリストはメジャーもマイナーも無関係なのだから。マドンナのレーベルからリリースされた1998年の2ndアルバムの中の曲。この曲は、アラニスのある友人のために書いた曲だという。”私たち”と幾度も繰り返され、その響きは力強くも悲痛に響く。でも、前を向いて歩くことへの賛歌のようにも私には聞こえる。アラニスはロックからフォーク調の曲などサウンドも一言では喩えられないけれど、歌詞がとても好き。言葉をとても大切にしているお方でもある。

「自分の感じていることを言葉で表したり、自分の目で見て確かめてみないと心の痛みや悩みを癒すことはできないでしょ?私は自分が感じていること全部を書き留めて、一歩離れてからそれを読むのが好きなの。」

「言葉が何よりも最優先で、言葉は言葉を高めているの。私の曲で優先することは常に、”自分の言いたいことを言う”ということなので、曲のフレーズのせいで言いたいことが言えなくなるなんてことは絶対にないわ。」

このように語るアラニスが好き!溢れる言葉、はみ出した字余りなような複雑な曲たちは彼女の個性。楽観的であり悲観的である。私はとてもそれらの詩に共鳴するものを感じてしまう。


  1. 2007/10/30(火) 09:46:56|
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往還する女と少女 ジェーン・バーキン:JANE BIRKIN

『往還する女と少女 ジェーン・バーキン』を「クララの森・少女愛惜」にて♪

  1. 2007/10/26(金) 00:50:25|
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私の好きな歌(詩) ジェーン・ドゥロウニーの庭(トゥリーズあるいはフランソワーズ・アルディ)

「クララの森・少女愛惜」へ♪

  1. 2007/10/25(木) 08:49:22|
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『エンテベの勝利』 マーヴィン・J・チョムスキー監督 (1976年)

エンテベの勝利 a

エンテベの勝利:VICTORY AT ENTEBBE
1976年・アメリカ映画
監督:マーヴィン・J・チョムスキー 出演:ヘルムート・バーガー、ヘレン・ヘイズ、デヴィッド・グロー、リンダ・ブレア、クリスチャン・マルカン、バート・ランカスター、アンソニー・ホプキンス、カーク・ダグラス、エリザベス・テイラー、リチャード・ドレイファス、ビビ・ベッシュ、ジェシカ・ウォルター

昨夜、観た映画。とっても久しぶりの再見で2度目。そもそも、男騒ぎする類のもの(アクション系は特に苦手)なら耽美な世界や歴史劇(コスチューム好きなので)を好む私。どうも、戦争ものや西部劇は名作でも未見ものが多数ある。この『エンテベの勝利』を初めて観た理由は、ヘルムート・バーガーさまが出演されていると知り、随分前に観たけれどあまり出番も多くなく...。

<このハイジャック事件の概要>
1976年6月27日、ギリシアのアテネ国際空港を離陸したフランス、パリ行きのエールフランス139便(エアバスA300)はハイジャックされ、リビアのベンガジにあるベニナ空港から結局ウガンダのエンテベ国際空港に強制着陸させられた。ハイジャック犯は8名のパレスチナ解放人民戦線および2名のバーダー・マインホフのメンバーであった。彼らは親アラブのウガンダ大統領イディ・アミンの援護を受けていた。(Wikipediaより)

年月の経過は怖ろしい!とんでもない豪華キャスト映画だった☆バート・ランカスターが出ているのは覚えていた。だって、『家族の肖像』のお二人なので♪ところが、ここでの共演シーンは無くて残念だった。再見し、驚いたことがいくつかある。この実際に起きたハイジャック事件と同じ年に(日本公開も同年ながら、アラブ側からの上映中止の抗議があったそうだ)製作された作品だということ。こんな豪華キャストで短時間で作られたのかと思うと凄いと思い、同時になにか勿体無い気もした...。古い映画のため、チープな感じもしたけれど、考えさせられることはあった。やっぱり、ここでもユダヤ人の問題が重要なので私の気になるところ。パレスチナ解放人民戦争は終えたとはいえ、今もイスラエルでは囚人や虐殺が続いてる。まだ終えたことではない。嘗て、日本赤軍の日航機ハイジャックの事件があり、子供だったけれどそのニュースは少し覚えている(特番などもその後もあったからだろうか)。

もう一つ驚いたことは、オープニングの主要キャストのトップに、《ヘルムート・バーガー》と出てくるのだ!凄い~♪と思わず誇らしげに思ったりしたのだけれど、ハイジャック犯の首謀者のドイツ人役で最後は死んでしまうし、あまり大写しのシーンは多くない。でも、あの甘くも怪しいやや病的なお声が”私も怖いのです。錯乱しています...”と機長室からアナウンスする時の感じは大好き!でも、凄みというか怖さの点では同グループのドイツ人女性役のビビ・ベッシュの方が(お二人共にオーストリア人ですが)!あと、リンダ・ブレアが居たので『エアポート'75』を思い出したりした。一人の戦死兵役がリチャード・ドレイファスだったり、首相役のアンソニー・ホプキンスがお若く、バート・ランカスターの上司役だったり、リズ・テイラーもリンダ・ブレアの母親役で登場するので、あっ!と『別離』を思い出したりもした。

少しの犠牲者は出たけれど、この奇襲作戦の成功で残されたイスラエル人、ユダヤ人の人達の命が救われて良かったと思った。詳しい作戦は機密事項なのだろうから明かされていないと最後に活字で出ていた。でも、こうして、映画で歴史を知ることができる、映画から多くのことを教えて頂きながら愉しんでいるのだと思うと映画がさらに好きになる!

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ペレス国防相役の渋いバート・ランカスター♪


  1. 2007/09/22(土) 12:49:10|
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フランソワーズ・アルディ:/La Maison Ou J'ai Grandi 「想い出の家」

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[私の好きな詩]La Maison Ou J'ai Grandi:『想い出の家』
フランソワーズ・アルディ:FRANÇOISE HARDY/La Maison Ou J'ai Grandi
1966年

思い出を振り返ってみると 
小さい頃、住んでいた家を思い出すの
沢山のことが蘇ってくるの 
庭にあったバラの花を思い出すわ


木々があった場所は、今は街になっている
そして、私がとても好きだった家や花は もうなくなってしまった
私の友達はよく笑う人たちだった 友達と仲良く一緒に遊んでいた
でも、人生の中では、全てに終わりがある


そして、私は目に涙を浮かべて、去らなければならなかった
友達は私に聞いた 「どうして、泣くの?
よそに出て行くのは同じ場所に残ってるよりいいことだよ。
君は、此処では見られない 色々なものを見つけるだろう。
街がまるごと眠りについて 夜は光の中にあるだろう。」



  1. 2007/06/30(土) 09:39:08|
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北村昌士氏への追悼のような.....

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「想い出」

北村昌士氏が昨年(2006年)6月17日、心臓疾患により逝去された。享年49歳、早世だとも思い、長く生きるには神経とお身体が持たないお方だとも感じる...でも。でも、と私は悲しい。もう一年が経過したけれど、まだ重くのしかかるものは何だろう。YBO2もCANIS LUPASもとても好きだった。日本のインディー・レーベルではトランス・レーベルに最も思い入れがある。既に聴く音楽は洋楽ばかりの私だったけれど、北村さんのレーベルだと思うと肩入れしていたのかもしれない。

相方との共通の友人で元々は音楽活動をしていた素晴らしいギタリストがいる。当時からその友人は数少ない私の好きな世界の理解者のお一人だった。今もとてもお優しく気にかけていて下さる。IL BONEの箕輪さんのドラムが好きだというお話もよくしていた。私はクリス・カトラーやフレッド・フリス達の”レコメンデッド”レーベルの音楽もとても好んでいて、箕輪さんのドラムの音はどこか”プログレ”な匂いがした。PHEWもとてもとても大好きな女性アーティストでPHEWのアルバムでも箕輪さんのドラムは聴け歓喜していた。そして、私が大の『Fool's Mate』の愛読者であることも十分ご存知なお方で、いまだにお会いしてどなたかに紹介して頂く折には決まって、「毎日、『Fool's Mate』を持ち歩いていた子です。」と言われて苦笑する。大阪のエッグプラントだったと思う、CANISと割礼のライヴがあるというので、誘って頂き相方と3人で向かった。初めてあの北村さんのライヴが!(割礼はライヴ後、さらに好きになった)。そんな思いで早目に待ち合わせて方向音痴な私は付いて行った。もうワクワク、ドキドキ♪すると、その友人は楽屋にツカツカと入って行き北村さん(リハーサル中だったかも?)を呼び出してきた。私はその友人に呼ばれ「10年来のファンで、こんなんやけどめっちゃ音楽とか色々詳しいねん。」こんな変な紹介をされて息が止まりそうだった。リハーサルが終わったかどうかも分からないのに、ご丁寧にお辞儀をして下さった「はじめまして、どうもありがとう。」と小さなお声だった。まだ、開演前だったので、出演者の皆様とスタッフの人数をお聞きして、自動販売機で幾種類かの飲料水をお持ちさせて頂いた。私はもうそれで十分で、私如きをわざわざそんな時間の無い時に紹介して頂いて感謝している。

ライヴが終わり、美しい北村さんを追いかける女子ファンも多く”凄い人気!流石だなぁ~”とやや圧倒されてしまった。すると、今度は相方が「自分、北村さんにサイン貰えたら言うとったやん。行こう!」とタクシーで会場を出られる寸前に、再度ご挨拶させて頂き鞄に入れていた『キングクリムゾン』の本を出して「サインをして頂けますか?」と伝えると、にこやかな表情で「久しぶりに見たよ。こんな本まだ持ってる人がいたんだね。」と。謙虚なお言葉とその繊細な仕草が印象的だった。タクシー内には奥様もお待ちなのであまり時間を取ってはいけないと察知した。そして、他のファンのお声と共にタクシーは去って行った。

ところが、まだ続き、何故か打ち上げに私達3人も同席することになり、私は相方と箕輪さんが両隣、テーブルの真正面には北村さん、そして奥様。反対側の横には友人。相方の横には割礼の宍戸さん・・・何を食べたのかも覚えていない。何処に行ってもマイペースな相方は北村さんにクリムゾンのお話をしたりしている。段々プログレ談義になり知らない名前も出てくるのでただ聞いていた。でも、CANISの音楽はプログレだとライヴを観ても感じたのでそんなお話を皆でしていると、次号にその時の会話らしきことが載っていて嬉しかった♪北村さんは始終あまり何も食べずにウォークマンみたいなもので音楽を聴きながら時折小さなお声でお話されていた。真ん前におられるのにロクに喋ることも出来ない私に、友人が「何か訊きたいことないか?」と言うので、ずっと気になっていたこと、「新しく御本を執筆されるご予定はありますか?」と。バンドやレーベルで多忙な毎日だろうに、間の抜けたことをお聞きした空気だった。でも、私はベースでヴォーカルの北村さんよりも、物書き、北村昌士さんが好きだった。先にあの文章、文体に衝撃を受けたのだから。その上美形なお方と知りボウイ・ファンでもあられるのでますます好きになっていたという感じ。

毎日が精一杯な感じだったと思う。お子様が生まれる直前頃だったし。「書きたいんだけどね...」と仰ったけれど、その後拝読することはなく、北村さんのライナーノーツの付いたレコードや雑誌のテキストなどを今も読み返すことは可能。”活字には力がある”と実感した最初の音楽評論家だったと思う。ご自分では音楽評論家とは思ってもいないようなお方だったと思うけれど。難解な文章は時に頭が割れそうになったこともある。でも、あの伝わるものはなんだろう...なんだったのだろう?もう少し古い世代に、間章氏がおられた。私がブリジット・フォンテーヌを大好きになってゆくきっかけは、そのライナーノーツの間さんの文章の魅力だった。そして、このお方の偉業を後追いした頃にはもうお亡くなりになった。今も活字を読むことが好き。なので、こうして拙い想いでも書き留めたくなるのだろう。ノートはもうごちゃごちゃで何処に何をメモしたか、時に溢れる感情を書きなぐってるような箇所も発見すると、我ながら阿呆だと苦笑する。でも、その時の私の感情や感想なのだから、それも時間は経過すれども、私なのだろう。ピーター・ハミルを教えて下さったお友達のお姉さま。そして、北村さんが敬愛されていたお方でもある。『Fool's Mate』はプログレ~NEW WAVE~日本のインディーズ・シーンの最新音楽情報の宝庫だった。『REMIX』になって暫くしてもう、音楽雑誌は買わなくなった、定期的には。そして、北村さんの後に影響というか文章の衝撃や情熱を感じる音楽評論家さんには出会っていない。素晴らしいプロのライター方の評論やレビューは沢山在るけれど、私の個人的な活字の衝撃!それも音楽を通しての。その様なお方はもういない。あまりにも私的な感性や文章との相性だとも思うけれど。浅田彰氏の文章も好きだった。北村さんとのプロジェクトもあったなぁ...と思い出す。

追悼って...とても難しい。人の死はそれぞれ。ただ、好きなお方がだんだんお亡くなりになってゆく。気持ちが追いつかない感じだし、実感が伴わない。早く、大好きなフランスの名優!ジャン=クロード・ブリアリの死も追悼せねば!と映画ブログに2.3行だけ綴って未公開放置したまま...悲しいな。でも、残されたものを大切にしたいと思う。


  1. 2007/06/20(水) 15:18:08|
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フレンチポップス界のアイドル☆リオ♪

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私のこれまでって、ほとんど全てに於いて感覚、”これはっ!”といった直感的なものばかりの連続だと、こうして色々綴っていると再認識する。ところが、それらの多くは大当たり~!なのだから良しと自己フォローしておこう。このリオちゃんにしても、日本盤のLPを近くのレコード屋さんの新作コーナーで見つけたのが出会い。もう、買うしかないと即買い。そして、今日までずっと忘れた頃に届けられるようになった新作や、女優さまとしても活動されているので出演していると知るとそれらの映画も観てしまう。もう20数年も前のあの日から年月の経過を感じるけれど、大したことはない。これからも積み重ねていくだけのもの。その間、興味を失せることもないリオちゃんの魅力って凄いと思う。

ポルトガル生まれのベルギー育ち、フランスで大ブレイク!キュートなルックスとロリータ・ヴォイス、初期はテレックスが曲を提供とエレポップ、テクノポップなサウンドだった。ラテン娘の人生を楽しむ♪パワーは笑顔や生き様をみても感じられるもの。パンク少女がそのまま大人になったようなお方で伝説のライヴの逸話もあるけれど、”パンク”とは音楽のジャンルに留まらずその人の生き様にも形容可能だと思う。16歳でレコード・デビューした、80年代のフレンチポップス界の可愛いロリータ・アイドルのリオとは、大人になってもそんなイメージ♪ファッションも突飛な過激さを伴うキュートなものが多いし、時にドキリとするメイクや出で立ちも数多い。なので、楽しいのだ♪おしとやかでお行儀の良い可憐な少女も大好きながら、こういう少女の魅力も愛惜する私。


  1. 2007/06/15(金) 15:20:43|
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パティ・スミスのポートレートに魅せられて

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洋楽が好きになり音楽雑誌を読み始めた頃。”音楽専科”という雑誌が好きだったのに廃刊となってしまった。その一冊の中の或る一頁のポートレートが飛び込んで来た。それは、ロバート・メイプルソープが撮ったパティ・スミスだった。私はこうしてまたしても音楽を聴く以前にそのお方の容姿から”好き!”となった。私は女性ながら女性ヴォーカルや女優といった様々なタイプの女性が好きで今に至る。一等大好きなデヴィッド・ボウイさまは性別を超えている超越した存在であり続けている。日本には美輪明宏さまという同じように性別やシャンソンなどのジャンルを超越したお方でどなたとも比較は出来ない大好きな存在がおられる。

何故だか、幼い頃から私はこうした傾向が知らず知らずにある。クラスメイトの女子がある男子生徒をカッコイイと噂話している。ある男性教師を素敵だと楽しそうだったり。私は聞き手で自分からそのように感じた事はなく、感じのいい男の子だな~とお友達として感じるのみ。そして、これまた幼少の頃からの舶来趣向のせいか、異国の人々に憧れを抱いていた。なので、よく親しい友人には”ロンパリ”とか”ヨーロッパかぶれ”と言われていた。でも、自分でもそうだと思った。

パティ・スミスには少女と大人が同居し、少年のようでもあるけれど限りなく女性的なものを感じる。そのポートレートを見て”美しい!”と思えたのはそんな風に感じたからかもしれない。リアルタイムではないけれど、最初に買ったのは『イースターEaster』1978年の3rd・アルバム。デビューは1975年の『ホーセス』なのでパンク以前のこと。”パンクロックの女王”と謳われるのは然りなのだ。それもデビューは29歳なので決して早くはない。パンクはロンドン発のムーブメントとしてとんでもない衝撃を与えた(リアルタイムの先輩方のお話をお聞きしていると羨ましくなる)。しかし、発はニューヨークなのだ。私はロンドンのクラッシュ以外はほとんどニューヨーク・パンクを先に聴くことになっていった。それはそれらのアーティストの表情や佇まいから感じられるものが私の”好き”な世界を体現しているように映ったのだと思う。パティのレコードを手にする前にランボーを好きになっていた。パティがアルチュール・ランボーを敬愛していると知り、ますます気になる存在となっていった。初期はレニー・ケイ達とのグループ、パティ・スミス・グループという名だった。そして、物静かで神経質そうな美しきギタリスト、レニー・ケイもとても好き(初来日公演には行けなくて残念だった。確かニール・ヤングと同じ日での公演で先にチケットを購入していたので)。ソロ・アルバムも地味ながら時折聴きたくなるものだ。

私は日本人なので日本が好き。日本の美しい言葉や文化が沢山ある。でも、元来の舶来趣味は軌道修正できずに今も進行している。そんな自分を少しは追想できる位の年月と年齢になってきた。すると、私の好きなものの大きなキーとなるものたちが、パリ、ロンドン、ニューヨークにあると気付く。意図している訳でもなかった事柄が自然と結びつき連鎖し合う。時には世紀を超えたものでもある。なんと!素晴らしいことだろう~とまだまだこの見知らぬ旅は続き、さらに繋がり絡み合い、歓喜と混乱で頭と胸がいっぱいになっていくのだろう!

パティ・スミスと親交の深かった人達やパティのアイドル、またはパティをアイドルとして影響を受けてきたアーティスト達の多くに好きな世界がある。最愛の夫フレッド・スミス(元MC5の”フレッド・ソニック・スミス”)に先立たれ、双子のような親友ロバート・メイプルソープはエイズで亡くなり、ウィリアム・バロウズも亡くなった(追悼アルバムがある)。ジェフ・バックリーやカート・コバーンも亡くなった。子育ての時期が過ぎるとパティはまた表現者として復活し今も現役だ。年は重ねても変わらない。老眼鏡を手にしてポエトリー・リーディング。相変わらず素敵なパティは今年の12月30日で62歳。誠実さと優しさ、激しさと厳しさ、凛々しさと愛らしさすら感じるパンク詩人☆今なお、健在なり!

補足:このパティ画像は最初の出会いのお写真ではありません(残念ながら間違いで捨てられてしまったダンボール箱の中に持っていた音楽専科は入っていたので)。


  1. 2007/06/10(日) 15:23:51|
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デュラン・デュラン:Duran Duran★ニュー・ロマンティックなロンドンを夢見て

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パンク以降、70年代後期から80年代初頭にかけて特にヨーロッパを中心に様々な音が溢れ出す。New Waveと一括りにされていても。まだ毎月のお小遣いからレコードと音楽雑誌を買うのが精一杯の頃。門限も厳しかったので夜の外出は全く禁止だった。なので、雑誌やラジオなどで次々と紹介される新しいバンドやアーティストたち、特にロンドンに夢を馳せていた。これまた、ルックスから(MTVだろうか?まだブレイク前のテレビで観たライヴ映像だった)直ぐに要チェック!なバンドを発見。デュラン・デュラン☆1stアルバム前だったのかもしれない。ひらひらしたブラウスにレザーパンツ姿(メイクもしていた)の美麗な雰囲気にすっかり釘付け!翌日、学校に行きそのバンドについてお話していた(一人気の合う情報交換できる女子が違うクラスにいた)。もうひとつ反応が薄かった(彼女はワイルドな感じのファンだった)。雑誌やラジオが伝える毎夜のロンドンでのニュー・ロマなクラブ情報を羨ましく読んだり聞いたりしていた。デヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージック、T.REXなどの70年代初期のグラム・ロックと共に流れるというニュー・ロマンティックと呼ばれていたムーブメント。その中に、デュラン・デュランやヴィサージ(スティーヴ・ストレンジ)や、カルチャー・クラブ(ボーイ・ジョージ)、ウルトラヴォックスやデペッシュ・モードなどの名前も...そして、かなり大ヒットしたスパンダー・バレーやABC、ソフト・セル、ヒューマン・リーグ、クラシックス・ヌヴォー(クラシックス・ヌーヴォー)などの華やかな存在がアメリカのヒットチャートに登場してゆく頃♪

デュラン・デュランは初期からボウイ・フォロワー(ニューウェーヴの父なのでフォロワー多数!)だと公言していた(カバー曲もある)ので、さらにお気に入りに♪それに綺麗なのだ。私はその前にジャパンのファンになっていたけれど、彼らは早過ぎた(またその内登場)。でも、”ロンドンにはどうしてこんなに綺麗な男の人達がいっぱいいるのだろう~♪”と思っていたし、ロンドンとはそういう特別なものに思えた。デュラン・デュランはバーミンガムの出身で、結成は1979年。ボーカルのサイモン・ル・ボン、ベースのジョン・テイラー、ギターのアンディ・テイラー、キーボードのニック・ローズ、ドラムのロジャー・テイラーの5人の頃(この5人での再結成来日公演もお友達と一緒に行き、記憶に新しいもの)が最強かな。私は最初からジョン・テイラーが好き。アルバム『リオ』辺りからだんだん人気も高まり自然と周りにファンの女子が存在していた。ニック・ローズがダントツの人気だったようだ。5人ともそれぞれ素敵だったけれど、私は前髪を長く重めに横に流し、長身で口元の赤い、白いブラウス姿のジョン・テイラーがメンバー中最も好きだった。あの前髪を真似たくて朝ドライヤーで流れを作って登校したものだ(髪が強くはない方なのですぐにそのセットは形を無くしていたけれど)。

MTVが人気のあった頃。音楽番組に来日アーティストが出演したりしていたことを思い出す。「夜のヒットスタジオ」とか好きだったなぁ♪「11P.M.」(表記は合ってるだろうか?)も学校では話題になっていたけれど、とにかく厳しく夜の番組は見せてもらえずにいた。なので、この有名な番組を観たのは数える程だったけれど、リップ・リグ&パニック(だったと思う)のスタジオ・ライヴを途中から少し観たことがある。ファンクやジャズの要素が入った聴いたことのない音楽だった。バウ・ワウ・ワウだったのかな?(どなたか覚えておられたら教えて下さい!)こうして、とても異国に魅せられ新しい続出する音楽たちにとても貪欲になっていた頃が昨日のことのように思えるのだから不思議♪


  1. 2007/06/07(木) 15:32:01|
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ケイト・ブッシュ(KATE BUSH)がきっかけ♪

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デヴィッド・ボウイ(敬称略)は私の今もなお継続されている”ミューズ”であり”カリスマ”の域のお方。このような自分自身の中に”アイドル”と”ヒーロー”が存在するようだ。かなり重なりあっているという点も何となく分かってはいるけれど。

ボウイは別格なので女性、男性とかを超えている。その前提で私はとてもかなり女性ヴォーカルが好き。何故だかは分からないけれど持っているレコードやCDの多くが女性アーティストで、俳優にしても好きな女優は男優の何倍もの数となっている。「私は女性ヴォーカルが好きだなぁ~♪」って意識したのは、間違いなくケイト・ブッシュとの出会いから。ここはただ大切な想い出や今も心に住む愛すべき人達を連ね、思うままに綴る場所。なので、ケイトのデータ的なことやディスコグラフィーも載せない。ケイトは比類なき孤高のヴォーカリストなので、『魅せられし声の美力』にも登場して頂くお方。ケイトは私にとって美しきミューズのお一人なのです☆

ケイトは1977年のデビューからもう30年のキャリアながら、「レッド・シューズ」辺りからとてもリリースのインターバルが長いので、オリジナル・アルバムは年数の割りに多くはない。でも、クオリティの高さは維持され続けている。私は残念ながらリアルタイムは『魔物語』から(アルバムとしては)。でも、東京音楽祭に出演された時をかすかに記憶している。不思議な美麗なレコード・ジャケットと曲名に反応し、そして音域の広い、素晴らしい表現力や世界観にすんなりと呑み込まれてしまったようだった。音楽好きの友人たちが増えてゆく中で、ケイト・ブッシュという存在は有名ながら、意外と苦手だと仰る方々も少なくは無いと知った時、新鮮な驚きだった。でも、言われてみるとそうなのかなぁ~と思える。それ程、圧倒的な個性と世界観をお持ちのお方なので。ルックス(私は大好き!)から苦手という忘れた頃に連絡を下さる友人がいる。ボウイの事でも、「綺麗すぎて怖い」とか言われた事がある。ほぉ...っと考えてしまうけれど、人それぞれの感性と生理的なもの、美的感覚も様々なのだから。なので、聴いたこともないのに頭ごなしに罵倒されると流石にムカって思うけれど、そういう他の人達のそれぞれのお話をお聞きするのは好きなのだ。もちろん、誉め讃え合うのも大好きだけれど♪

ケイトは”女性版デヴィッド・ボウイ”と称されたこともあり、同じリンゼイ・ケンプの弟子だということもあり、その事をご本人も光栄だと語っておられたので、ますます大好きになったものだ。途中からライヴを大々的にされなくなったけれど、初期のライヴなどを拝見すると極めてしまっているような感じにも思える。完璧主義者としても有名なので、何度も録音し直したり、一時期は狂気すら醸し出していた。天才なのだ。こうして表現するために生まれて来たお方なのだと思える。他に似た人はいない。誰も真似の出来ないヴォーカリストであり独特の世界観を表現される。最近はふっくらされているけれど、まだ今年の7月30日で49歳(30年のキャリアなのに!)また、次作に何年待たされようがケイトはゆっくり気長に待てる。


  1. 2007/06/06(水) 15:34:31|
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